2005年08月29日

最近流行っている十か条とその他

■最近「10か条もの」が流行っているみたいなので、やってみます。

粘着の心理10か条


1.親の愛情が足りなかった
  
2.もうこれ以上粘着したくないんだ。誰か止めて!というサイン
  
3.代理母、代理父を求める心理の歪んだ発露
  
やっぱりやめた。

最近、ひどい粘着を見て、この人はどういう気持ちでキーボードをたたいてるんだろうと、気になってしょうがなかったんですが、めんどくさいのでやめました。


■ところで今日は「ブログ上での議論」についていくつか記事を読んだんです。
最近ブログ上でのコミュニケーション不全を何とかせねばということで、いろんなところでネット上での議論についてかかれてて、自分も興味があっていろいろ読んでるんです。
その中で自分にとってずば抜けていいなあと思ったのは、以下の2本です。

他人の不幸は蜜の味:日本人とブログと議論

不倒城:言動の変化はダメなのか、という話。

なにが良かったかというと、「この記事のお陰で新しいものを生み出せそうだ」というインスピレーションをもらえたからです。

ブログを読んでるといろんな人の記事に出会いますが、中に時たま、インスピレーションを与えてくれる記事に出会うことがあるんですよね。それで、そういう記事をコンスタントに書いている人に出会うと感激です。

なんかそういう記事をコンスタントに書けるようになったら、ブログって最高の趣味になりそうだなと思いました。
posted by ちんこ寺 at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | webの恐怖 b_entry.gif

2005年08月24日

コミュニケーションツールとしてエポケーはどうでしょう?

この記事は何となく8月16日の記事に関連があるつもりで書きました。



エポケーとはなんぞや。
インフォシークの辞書を引用すると以下のようになります。
エポケー [(ギリシヤ) epokh]
〔哲〕〔判断中止の意〕

(1)古代ギリシャの懐疑派の主張する哲学態度。現象に対して一切の断定を留保すること。

(2)フッサールの現象学の基盤をなす方法。純粋な事象そのものへ至るために、素朴な自然的態度を差し控えること。



このエポケーという方法をインターネットでのコミュニケーションのテクニックの一つとして使ったらどうかなと思ったんです。
なんでそんなこと思ったのとか、そこら辺を順を追って書きます。


ぽんすブログというブログで議論のアンチ・パターンなど、議論の方法について一連の記事が書かれています。そこでは議論をするためのルールや心得がまとめられていて、非常に参考になります。そこの記事を読んで何となく、議論以外にもコミュニケーションのテクニックをいくつか持っていると便利じゃないかなと考えました。

議論をコミュニケーションのツールとして考えると、いろいろルールが設定されていて、ルールを知っている人と議論するには非常に良いのですが、ルールを知らない人を相手にした場合無力になると思うんです。共通の土俵の上に立ってはじめて機能するというのが、コミュニケーションツールとしての議論の弱点だと思うんです。

そこで他にいけそうなツールはないかと考えていたところ、エポケーに思い当たったんです。エポケーはもともと哲学用語なんですが、実際に心理カウンセリングや異文化コミュニケーションで使われているテクニックです。


エポケーとは判断留保のことです。簡単に言うと、相手が言った事に対する自分の判断を留保して(括弧にくくって)相手の言い分を理解するために全力を尽くすんです。自分の意見を一切挟んではいけません。飽くまでも相手の言い分を聞き、なるべく相手の使った言葉を使いながら相手の意図の確認をしていき、認識のズレがなくなるまで確認を続けます。

エポケーのいいところは、相手がルールを知らなくても同じ土俵で話し合えることです。議論だと、議論そのものの解釈の違いでややこしくなることがありますが、エポケーの場合は相手の言ってることに耳を傾けて確認するだけなので、相手がエポケーの知識を持っていなくても良いし、共通の認識を持たない相手とも話すことができます。

もしコメントの応酬が変な方向に行きそうだなと思ったら、議論する前にエポケーのテクニックを使って共通の認識を持てるまで話し合ってみたらどうかなと思うんです。

エポケーについて、ちょっと分かりづらいと思うので、例を出してます。


例:Aさんが書いた記事にBさんがコメントを書いてきました。Bさんは、Aさんがブログの記事でBさんのことを悪く書いたと思っているようです。Aさんはそんなつもりはないのでまったくの誤解です。

Bさん「あなた、自分の記事で、僕のことを悪く書いたでしょう。止めてください」

Aさん「不快に思われた部分については謝り、訂正したいと思います。Bさんは私が書いた記事の中で、どういったところが、Bさんを悪く書いたと思ったのでしょうか」

Bさん「無断リンク禁止というのはナンセンスで、自分のコントロールできないことを文面で規制してもしょうがないというところだよ。明らかに僕のことを指してバカにしてる」

Aさん「私の記事の中で、無断リンク禁止がナンセンスであるという部分について、Bさんは自分のことが言われている、そしてバカにされていると感じたのでしょうか」

Bさん「そうだよ、腹が立つのは無断リンク禁止がナンセンスだといわれたことじゃなくて、無断リンク禁止をうたっている僕をバカにしたような論調がむかつくんだよ」

Aさん「無断リンク禁止がナンセンスだということがBさんの許せないポイントではなくて、私がBさんを馬鹿にしたような論調で記事を書いたように見受けられるということが許せないポイントなのでしょうか」

Bさん「そうだよ。ほんとにバカにするのは止めろよな」

Aさん「そういうことでしたら私の書き方が悪かったと思います。すみません。ちなみに文面のどんなところがよくないと思いますか?」

以下、双方の共通認識が出来上がるまでAさんの判断留保(エポケー)が延々と続く


こんな感じで入念に聞いていったら、本当に真摯にコメントをした人なら付き合ってくれて、共通の理解を築いた上で議論をしてくれるかもしれないし、適当に書いた人なら、めんどくさがってコメントをするのを止めるでしょう。
少なくともこちらの意見を主張せずに相手の意図を確認するだけなので、話があさっての方向に飛んでいって収拾がつかなくなるということはないと思います。

活字しか情報がない中で相手の意図を知ることは難しいので、まずエポケーで地ならししてから議論するようなことができたら、つまらないコメントのためにつぶされていた知識探求の機会が増えて、みんなが幸せになるんじゃないかなと思いました。



追記:○「ぽんすブログ」を×「ぽんずブログ」と間違って書いてしまったので、訂正します。すみませんでした。


また追記:参考文献

エポケーの実践的事例について知りたいという人は見に行ってください。すごくいい教材なのですが、文章が詰まってて読みにくいところが難。

日本語教育研究協議会 第3分科会「心理学・カウンセリング技法を活用したコミュニケーションの在り方について考える−判断保留(エポケー)の実践−」

第3分科会「異文化間カウンセリングの活用-判断留保(エポケー)の実践-」

posted by ちんこ寺 at 01:00 | Comment(4) | TrackBack(1) | webの恐怖 b_entry.gif

2005年08月18日

今記事にしてえと思っていること

閑話休題

テイジンのコマーシャルに出ているフランス語をしゃべる女の子が、昔のコマーシャルと比べて成長しているのを発見しました。ハリー・ポッターでハリー役の子が声変わりした時と同じような感慨を感じます。
たとえて言うならば、盆や正月に久しぶりに会った甥や姪が大きくなって心が温まる心境といえばわかるじゃろか?

あとドゥーガル・ディクソンの「新恐竜」が欲しい。「マンアフターマン」とか「フューチャー・イズ・ワイルド」みたいに面白いといいなと思いました。ドゥーガル・ディクソン大先生は大好きです。最近読み始めたマクルーハンの著作も、ディクソン大先生の著作と似たにおいがするような気がしました。



本題

そういえば16日に書いた記事をもとに、またいろいろ思いつきました。忘れないようにここに書いておいて、後で記事にしようかなと思いました。

・ブログはパーソナルコミュニケーションに向かない件

・ブログがパーソナルコミュニケーションに向かないのに、パーソナルコミュニケーションのツールとして使われる傾向があるのはなんでという件

・ローカルルールを設けるブロガーの頭の中は基本的に観客不在だという件

・リンクとトラックバックを読者の利益という軸で考えれば簡単なのになんで解釈がいろいろ別れちゃうのという件

・ブログを他のメディアとの比較で考えたら面白いかもと思った件

・新聞の投書欄とブログの関係

・新語「指コミュニケーション」ぜんぜんはやんねーな

計7件、脳内審議中です。脳内でくっつけたり離したりしてます。おお、どんどん妄想が広がってきた。
posted by ちんこ寺 at 00:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | webの恐怖 b_entry.gif

2005年08月16日

インターネットを通じたコミュニケーションを考える

1 マクルーハン

最近マクルーハンの本を読んで感動しました。
マクルーハンって誰だという人はここを見たり、「マクルーハン」を読んだりしてみてください。私はまだ全体を説明できるほど詳しくないのですみません。

ところでマクルーハンの何に感動したかというと、メディアと五感に関するお話です。
人間は視覚、聴覚、嗅覚、触覚、嗅覚の五感を使って世界を認識しているのですが、使われるメディアによって五感の使われるバランスが大きく変わるということなんです。
特に西洋世界ではグーテンベルグの活版印刷のおかげで文字のメディアが優勢となり、それとともに視覚のみが優勢になり、他の感覚は縮小しているということらしいです。

マクルーハンは電子メディアの到来によって視覚優位の世界が崩れて、全身体的知覚の世界になるだろうと予言しています。

そこで、インターネットを使うときはどの感覚を使って、どの感覚を使わないのか考えようと思いました。


視覚:ディスプレイを見る。

聴覚:あんまし使わない。でもインターネットラジオを聴いたりするときに使うかも。

嗅覚:使わない。残念ながらディスプレイから匂いを発するシステムはない。

触覚:キーボードをたたく。マウスをクリックする。
   インターネットでのコミュニケーションは、ほぼ指で行う。

味覚:使わない。残念ながらディスプレイを舐めると味を感じられるシステムはない。


こうみるとインターネットは視覚と触覚が圧倒的優位を占めるメディアであるようです。電子メディアが全身体的知覚の世界の復活を促すというマクルーハンの予言は、まだ達成されていないように思えます。



2 指コミュニケーション


当たり前のことですけど、ブログを書いたりコメントを入れたり、トラックバックを送ったりする時って、全部指とキーボードを使ってるんですね。指だけでコミュニケーションするってなんだかすごくないですか?

対面コミュニケーションでは相手の言葉(聴覚)、声音(聴覚)、表情(視覚)、しぐさ(視覚)、スキンシップ(触覚)…など、たくさんの感覚を動員して分析総合しながら、誤解や認識のズレをなくすように努めます。

しかし、インターネット上のコミュニケーション(長いので指コミュニケーションと命名します)では、ディスプレイを見ることでしか情報を得られませんし、情報源は主に活字です。活字には表情や体温はありませんし、筆跡から相手の心理や性格を分析することもできません。なんだかものすごく不便なコミュニケーション手段です。
活字から読み取ることができるのはせいぜい前後の文脈くらいしかないのですから、こりゃ、難しいコミュニケーション手段ですよ。

最近いろんなブログで「指コミュニケーション」がうまくいかないことが多い件についていろいろ書いてますが、そういうことが良く起こるのは、以下のような理由があるんじゃないかなと考えました。


1 「指コミュニケーション」がコミュニケーションツールとしてはあんまり優れものじゃないということを分かってなくてコメント書く人が多くなった。

2 いろんな感覚を動員する対面コミュニケーションと同じ調子で、不便な「指コミュニケーション」を使ってしまう無自覚な人が増えた。

3 国語のテストで「〜の文章の意味を要約せよ」などという問題で間違えまくっていた人(文脈を読む力が弱い人)が、ブームにのってたくさん来た。

4 1〜3を全て兼ね備えた三重苦の人がたくさんインターネットをやりに来るようになった。


注…いろんなブログ
BLOG STATION 批判について考える
他人の不幸は蜜の味 ブログ上の議論が不毛な結果に終わりがちな理由
むだづかいにっき 事実確認は人格の否定ではないしょ
Partygirl☆イラスト付きコラム フツーに言及ってむずかしい
ぽんすブログ 3つの議論



まじめな話おわり。



3 インターネット型人間 (Homo sapiens visio)

指コミュニケーションのことを考えていたら、絵や写真の掲載を行えば、少しは不便さが補われるのではないかと思い当たりました。そこで、私も絵を書いてこの記事をわかりやすくしてみようと思います。
私達が指コミュニケーションをとるときって、あまり自覚なしに、下記のインターネット型人間と同じくらい不便な思いをしながら四苦八苦してるんじゃないかなと思いました。

internetman.bmp
↑インターネット型人間 (学名Homo sapiens visio)
人間の五感のうち、インターネットで使う感覚のみで再構成された人類モデル。ディスプレイを見るための巨大な目(視覚)と、キーボードをたたくため残された手(触覚)しか持たない。耳(聴覚)、鼻(嗅覚)、口(味覚)は使われないために退化した。
長時間ディスプレイを見るので目は疲れるし、口がないからしゃべれない、顔のパーツが少ないから微妙な表情による気持ちの表出をできない。

internetmankinshi.bmp
↑インターネット型人間の眼球断面図 
インターネット型人間はディスプレイしか見ないので、現生人類の基準で視力を測った場合、基本的に近視である。

internetmanangry.bmp
↑指コミュニケーションの失敗によって怒ったインターネット型人間。
インターネット型人間は指しかコミュニケーション手段を持たないので、怒りを表明するにはキーボードをたたくしかない。しかし、指コミュニケーションは非常に不便な手段なので、怒りは、誤解と更なる怒りをもたらすことになる。


今日のまとめ
新語「指コミュニケーション」(Finger Communication)普及してほしい
インターネット型人間(Homo sapiens visio)はわりと良く描けたと思う。


参考文献の追記
不倒城 テロップ読むのをやめてみよう。
ここも関係あるかも。テレビでは聴覚を視覚に翻訳する際にいろいろ加工編集されてるから、たまには一次情報の聴覚を使ってみなよという件について。
posted by ちんこ寺 at 14:09 | Comment(6) | TrackBack(1) | webの恐怖 b_entry.gif

2005年08月12日

最近気になったもの

【テレホマン】

闘え! テレホマン


【唯一神又吉イエス衆院選出馬】

世界経済共同体党

又吉イエス非公式サイト




どちらもそこはかとなく切ない。
posted by ちんこ寺 at 00:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 b_entry.gif

2005年08月11日

視点論点 「鬼に金棒」の新しい表現を模索する

みなさんこんばんは。
今回の視点論点では、連想ゲーム方式を使って、ことわざ「鬼に金棒」の新しい表現を模索していこうと思います。
早速はじめてみましょう。


鬼に金棒

ペリーに黒船

力石に水

シャアにジオング

ゴルゴにアーマーライト

飛馬にギブス

ピッコロさんに重いターバン

ケンシロウに服

ホアキン・フェニックスに木製バット※

バーホーベンに予算

ハトにジョン・ウー

ハトとジョン・ウーと私

部屋とワイシャツと私

部屋とジョン・ウーと私



……

………

部屋で何が起こったんじゃろか?









※…映画「サイン」より 宇宙人撲殺用木製バット
posted by ちんこ寺 at 00:14 | Comment(3) | TrackBack(0) | 妄想 b_entry.gif

2005年08月09日

【妄想】グー○ィーの謎をマンアフターマンっぽく解明してみる

私が勝手にお気に入りに入れているブログ「不倒城」というところの記事で、ディズニーランドの記事があったんです。そこのコメント欄の書き込みに、「なんでグー○ィーは亜人種化して直立歩行しているのにプ○ートは犬のままなの?」っていうのがあったんです。

ものすごく気になりました。

それで調べてみたんですけど、プ○ートがグー○ィーのペットとして出演したことがある(Wikipediaより)という情報を得ただけで、謎がぜんぜん解けないんです。

そこで、よく分からないものには自分なりに理由付けをしてしまおうという発想の下にグー○ィー誕生の謎を考察し、一つの結論に達しました。


結論:グー○ィーはイヌ(Canis lupus familiaris)ではなくイヌ的特性を付与された人類(Homo canis lupus familiaris)である。

多分あれは犬ではなく人工的にイヌ化された亜人種なんです。だからもともと犬のプ○ートとは根本的に違うんです。
以下マンアフターマンっぽく(アフターマンワールド参照)グー○ィーの謎についての脳内妄想を解説していきます。


グー○ィー誕生物語

1 1929年 ディッピー・ドーグと世界大恐慌
ディッピー・ドーグは目の前の書類に目を落とした。この大不況の中、遺伝子提供だけで100ドルももらえる仕事などめったにあるものではない。この書類にサインしさえすれば、それが手に入るのだ、何をためらうことがある。この資金があれば、またどこかの大学で研究させてもらえるかもしれない。
「あなたの人並みはずれた嗅覚と聴覚が必要なんです」
「ぜひご協力いただきたい」
ディッピーはペンを執り、書類にサインした。


2 1932年 ディッピー・ドーグ・ジュニアとミッ○ー一座
ジュニアは震えていた。寒さで震えていたのではない。スタジオで彼と一緒に待機しているミッ○ー一座の見慣れない姿に不安を抱いているのだ。ミッ○ー一座は、ジュニアの良く知るファミリーとはまったく違った顔かたちをしていた。彼らはファミリーと同じように直立歩行する2本の足に2本の腕、脊椎に垂直についた頭部など、ファミリーと似た外見を持っているが、ファミリーの誰とも似ていないのだ。
ジュニアは「他の一座のヒト」と同じく、父の顔を知らない。父が存命で大学の研究職についていることも、自分の姿かたちが父とあまりに異なっていることも知らないが、知ったところで何も考えなかったに違いない。ファミリーたちは亜人たちの反乱を恐れ、彼らの知性を低くなるように遺伝子組み換えをしていたのだ。
気がつくと、一座の中の一人が、耳に残る甲高い声で話しかけてきた。頭部が不釣合いに大きく、まん丸の耳に、まるでねずみのような鼻をしている。
「やあ、ぼくミッ○ー、よろしくね」


3 1939年 グー○ィー1世の活動写真
ファミリーが喜んでいる。そのことだけでグー○ィーの心は満たされた。最近公開されたグー○ィーの活動写真は好調で、続編も企画されているという。グー○ィーに難しいことは分からない。彼の祖父と違って、彼自身は知能を低く抑えられているからだ。しかし、自分が群れに貢献していることは、彼の心を強く高ぶらせた。
ファミリーたちはグー○ィーに、群れへの絶対的な服従を望んだし、グーフィー自身も、群れへの服従と貢献に、強い満足感を感じていた。


4 1960年 グー○ィー2世と「弾む家」
足音が近づいてくると、年老いたグー○ィー2世は自身のアイデアを詰め込んだメモ帳をとっさに隠した。グー○ィー2世は彼の父や祖父とはだいぶ違った特性を持っていた。彼の知性は父親よりもむしろ曽祖父やファミリーのものと似ており、堅固な自我を形成していた。また、寿命も長く、父や祖父が10年程度しか生きなかったのに対し、彼は20年以上を生きながらえている。先祖がえりとして知られる現象が、彼の身に起こっていることは彼自身、十分自覚していた。しかし、彼はそのことをファミリーに隠し続けた。ファミリーが猜疑心を起こしてはまずいからだ。
足音が彼の檻の前で止まった。
「グー○ィー、何を隠したんだ、見せてみろ」
抵抗しても無駄だった。メモ帳を見るなり、ファミリーの顔色が変わった。
やがて、グー○ィー2世は拘束衣を着せられて、どこかに連れて行かれた。戻ったときには、彼はもう考えることを止めていたし、またその能力も取り除かれていた。
彼のメモ帳には「弾む家」をはじめとするアトラクションの原案や、著作権法が子孫に及ぼす影響への不安などが書かれていた。
このメモ帳は後に再発見され、各種アトラクションのモデルとなったり、ミッ○ーマウス保護法として実現したりした。


5 2005年 グー○ィー8世と夢の楽園
8月の日差しはグー○ィー8世に容赦なく照りつけていた。数百メートル離れたところから声が聞こえてくる。
「どうしてグー○ィーだけ二足歩行してプルートはイヌのままなんだ?」
夢の楽園で働き始めてから何回も聞き続けてきた言葉だ。しかしグー○ィー8世にとってそんなことはまったく気にならなかった。たとえ気に留めたとしても、その内容を理解できなかったに違いない。
彼はファミリーのため、群れに対する忠誠のため、風船を配り、ショーで踊り続ける。彼の子も、そのまた子供もそうするに違いないし、そうするのが当たり前だからだ。
posted by ちんこ寺 at 23:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想 b_entry.gif

2005年08月05日

mamamiaaさん、スパムと間違えちゃってごめんなさい

前に「おフランスざんす」からもらったトラックバックあるじゃないすか。
あれ、スパムのつもりじゃなかったみたいなんです。
だから、コメント欄で謝るだけじゃなくて、記事で謝って、誤解でしたといいたいんです。
何でも、スパマーという言葉を「スパンキング」する人という意味に取り違えていたらしく、当ブログの記事「スパマーからの抗議文」がSM関連の記事だと思ったらしいんですね。それでネクロフィリアで検索かけたら、該当記事が見つかり、性的倒錯つながりで「おフランスざんす」8月4日の記事「ネクロフィリア」を書いてトラックバックを送ったらしいんです。

だから、私の記事に限っていえば、ろくに記事も読まずに見境なくトラックバックを撒いたのではないということがわかりました。

mamamiaaさんは、ただ単にネクロフィリアとか、異常性愛、性的倒錯とかに興味があった(少なくとも記事にしたいと思った)だけで、関係ない記事にトラックバックを飛ばそうとしたわけじゃなかったんです。

誤解しちゃってごめんなさい。


スパムの認定って難しいところがありますよね。私は基本的に「受け手がスパムだと思ったらそれはスパムだ」という認識なんですけど、今回の記事のように、言葉の取り違いで、まじめに書いたつもりのものがスパム認定を受けてしまうこともあるんですよね。これは私がトラックバックを送る立場でも十分起こりうることなので、気をつけなければ。


ちなみにmamamiaaさんは自分のことをネクロフィリアではありませんと表明しています。しかし、後ろめたい趣味の人は、そもそもカミングアウトしないだろうといって信用しない人もいると思うので、フランスの権威ある人の言葉を借りてmamamiaaさんが性的嗜好においてノーマルであるということを言明したいと思います。

シラク大統領のコメント
okipart02.jpg
フランス政府は、mamamiaa氏の性的嗜好が少なくともネクロフィリアでないということに確信を持てるだけの証拠を保持しています。


ナポレオン閣下のコメント
napoleon.jpg
諸君、余はmamamiaa氏が死をも恐れずにトラックバックをばら撒いて、ランキング1位を狙っていることを知っている。しかし、彼は死を恐れぬが、死を冒涜する者ではないと信じるものである。


フーコー先生のコメント
04_foucault.jpg
近代社会において、死は管理され、隔離されている。その一方で管理の名の下で行われる抑圧への反発が起こることも事実であり、その性的昇華がネクロフィリアである。mamamiaa氏の場合は、トラックバックをばら撒くことで、擬似的に抑鬱から自己を開放しており、性的倒錯による反発は起こりえないだろう。



こんだけ書いておけば、とりあえず大丈夫だろう。いいことをした気分でいっぱいです。
posted by ちんこ寺 at 14:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | webの恐怖 b_entry.gif

2005年08月04日

死臭漂うトラックバック頂きました

7月31日に書いた「スパマーからの抗議文」に死臭漂う変なトラックバックもらいました。ネクロフィリアに関する記事でした。ただ単に「ネクロフィリア」という単語しか関連してなかったので、スパムじゃないかなあとびっくりしちゃいました。

たぶんブログランキングかなんかで「ネクロフィリア」で検索かけてトラックバックをばら撒いた結果、こんなところまで行き着いちゃったんだと思います。

それにしてもスパマーをおちょくる記事にスパマーからスパムがくるっていうのはすばらしいですね。私はこういうことに諧謔を感じるので、「やめてほしいなあ」と困る一方、くだらないトラックバックによって7月31日の記事の完成度が増したような気もして、非常に楽しめました。

スパム養殖ブログ「おフランスざんす」様、ありがとうございました。


しかしね、私思うんですよ。検索かけて無差別に送りつけるトラックバックってなんなんだろうって。相手の記事を読んで、自分なりに一生懸命考えて送るトラックバックが「血の通った生きているトラックバック」だとすると、無差別に送りつけられるトラックバックスパムは「死んだトラックバック」と名づけたらいいんじゃないかなと思いました。

だとするとネクロフィリアの単語に反応して送られてきた今回の「死臭漂うトラックバックの死体」には、またもや不思議な運命というか、諧謔を感じざるをえず、うれしくなってしまいます。


ところで、あちらのブログを見に行ったんですよ。そうしたら、この人やっぱり私のところに限らず、たくさんのブログに「死体」を送りつけてるみたいなんです。それが原因で文句言われたりして相手のコメント消したりしてるみたいなんです。

かわいそうに。

たぶんmamamiaaさん(モルグ「おフランスざんす」管理人様)は、自分が送りつけているトラックバックが腐臭漂う死体だってことに気づいてないんですね。だから、不毛な衝突が起こるのだと思います。ムラ社会の方々から「トラックバックありがとうございます」といわれて喜んでいる場合ではないんです。

mamamiaaさんは6月24日の記事とか、7月14日の記事とか、せっかくいい記事も書いてるんだから、小手先のアクセスを求めて死体を送るのはやめて、真っ向から「生きたトラックバック」を送ったらいいんじゃないすか。本当に記事を読んでくれる良質なアクセスが増えるんじゃないかなと思います。


最後に、皆様にご協力お願いします。
mamamiaaさんはブログランキングをやっているそうなので、一票入れてやってください。何でもブログランキングで1位取ったらブログやめるそうなので、みんなで協力して、はやいとこ1位にしてやってつかーさい。1位になるという目標を達成することで、もしかしたらmamamiaaさんは死体を送りつけて死んだアクセスをもらうことのむなしさを知り、いい記事を書いてくれるかもしれません。もともといい記事を書ける人なんですから。

おフランスざんす

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糸井重里メソッドを用いたつもりで書きました。
posted by ちんこ寺 at 13:17 | Comment(4) | TrackBack(1) | webの恐怖 b_entry.gif

2005年08月03日

何か不気味なトラックバック貰いました

さっき気づいたんですけど、6月26日の記事チェブちゃんのシネマ【か行抜き】に「動物王国」なるところからトラックバックが来てました。

内容はまったく関係なく、スパムです。多分、動物、哺乳類などの言葉を使っていたから検索に引っかかっちゃったんだと思います。

このトラックバック元の記事を見に行ったら、コメント欄に「トラックバックありがとうございます」のコメントが複数。明らかに自動送信のトラックバックスパムを送りつけられたのに、わざわざお礼を言いにきている人がいるんですね。何の人間らしい意思も、情熱も含まない機械的なトラックバックスパムにお礼のコメントを書く人たち。

それでもってお礼を書いている人たちのブログを見に行ったら、みんないわゆる「いいひと」たちっぽいんです。機械的に送られてくるトラックバックスパムの送信元にお礼を言いに来る「いいひと」たち。

何か、真夜中の寂しい道を歩いていたら、転がっている死体に話しかけている人たちを見てしまったような、非常に背筋が寒くなるというか、不気味なものを見ることができました。本来なら黙って削除なのですが、薄ら寒いものを見せてもらえたので、記念に記事にしました。
posted by ちんこ寺 at 01:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | webの恐怖 b_entry.gif

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