2005年08月24日

コミュニケーションツールとしてエポケーはどうでしょう?

この記事は何となく8月16日の記事に関連があるつもりで書きました。



エポケーとはなんぞや。
インフォシークの辞書を引用すると以下のようになります。
エポケー [(ギリシヤ) epokh]
〔哲〕〔判断中止の意〕

(1)古代ギリシャの懐疑派の主張する哲学態度。現象に対して一切の断定を留保すること。

(2)フッサールの現象学の基盤をなす方法。純粋な事象そのものへ至るために、素朴な自然的態度を差し控えること。



このエポケーという方法をインターネットでのコミュニケーションのテクニックの一つとして使ったらどうかなと思ったんです。
なんでそんなこと思ったのとか、そこら辺を順を追って書きます。


ぽんすブログというブログで議論のアンチ・パターンなど、議論の方法について一連の記事が書かれています。そこでは議論をするためのルールや心得がまとめられていて、非常に参考になります。そこの記事を読んで何となく、議論以外にもコミュニケーションのテクニックをいくつか持っていると便利じゃないかなと考えました。

議論をコミュニケーションのツールとして考えると、いろいろルールが設定されていて、ルールを知っている人と議論するには非常に良いのですが、ルールを知らない人を相手にした場合無力になると思うんです。共通の土俵の上に立ってはじめて機能するというのが、コミュニケーションツールとしての議論の弱点だと思うんです。

そこで他にいけそうなツールはないかと考えていたところ、エポケーに思い当たったんです。エポケーはもともと哲学用語なんですが、実際に心理カウンセリングや異文化コミュニケーションで使われているテクニックです。


エポケーとは判断留保のことです。簡単に言うと、相手が言った事に対する自分の判断を留保して(括弧にくくって)相手の言い分を理解するために全力を尽くすんです。自分の意見を一切挟んではいけません。飽くまでも相手の言い分を聞き、なるべく相手の使った言葉を使いながら相手の意図の確認をしていき、認識のズレがなくなるまで確認を続けます。

エポケーのいいところは、相手がルールを知らなくても同じ土俵で話し合えることです。議論だと、議論そのものの解釈の違いでややこしくなることがありますが、エポケーの場合は相手の言ってることに耳を傾けて確認するだけなので、相手がエポケーの知識を持っていなくても良いし、共通の認識を持たない相手とも話すことができます。

もしコメントの応酬が変な方向に行きそうだなと思ったら、議論する前にエポケーのテクニックを使って共通の認識を持てるまで話し合ってみたらどうかなと思うんです。

エポケーについて、ちょっと分かりづらいと思うので、例を出してます。


例:Aさんが書いた記事にBさんがコメントを書いてきました。Bさんは、Aさんがブログの記事でBさんのことを悪く書いたと思っているようです。Aさんはそんなつもりはないのでまったくの誤解です。

Bさん「あなた、自分の記事で、僕のことを悪く書いたでしょう。止めてください」

Aさん「不快に思われた部分については謝り、訂正したいと思います。Bさんは私が書いた記事の中で、どういったところが、Bさんを悪く書いたと思ったのでしょうか」

Bさん「無断リンク禁止というのはナンセンスで、自分のコントロールできないことを文面で規制してもしょうがないというところだよ。明らかに僕のことを指してバカにしてる」

Aさん「私の記事の中で、無断リンク禁止がナンセンスであるという部分について、Bさんは自分のことが言われている、そしてバカにされていると感じたのでしょうか」

Bさん「そうだよ、腹が立つのは無断リンク禁止がナンセンスだといわれたことじゃなくて、無断リンク禁止をうたっている僕をバカにしたような論調がむかつくんだよ」

Aさん「無断リンク禁止がナンセンスだということがBさんの許せないポイントではなくて、私がBさんを馬鹿にしたような論調で記事を書いたように見受けられるということが許せないポイントなのでしょうか」

Bさん「そうだよ。ほんとにバカにするのは止めろよな」

Aさん「そういうことでしたら私の書き方が悪かったと思います。すみません。ちなみに文面のどんなところがよくないと思いますか?」

以下、双方の共通認識が出来上がるまでAさんの判断留保(エポケー)が延々と続く


こんな感じで入念に聞いていったら、本当に真摯にコメントをした人なら付き合ってくれて、共通の理解を築いた上で議論をしてくれるかもしれないし、適当に書いた人なら、めんどくさがってコメントをするのを止めるでしょう。
少なくともこちらの意見を主張せずに相手の意図を確認するだけなので、話があさっての方向に飛んでいって収拾がつかなくなるということはないと思います。

活字しか情報がない中で相手の意図を知ることは難しいので、まずエポケーで地ならししてから議論するようなことができたら、つまらないコメントのためにつぶされていた知識探求の機会が増えて、みんなが幸せになるんじゃないかなと思いました。



追記:○「ぽんすブログ」を×「ぽんずブログ」と間違って書いてしまったので、訂正します。すみませんでした。


また追記:参考文献

エポケーの実践的事例について知りたいという人は見に行ってください。すごくいい教材なのですが、文章が詰まってて読みにくいところが難。

日本語教育研究協議会 第3分科会「心理学・カウンセリング技法を活用したコミュニケーションの在り方について考える−判断保留(エポケー)の実践−」

第3分科会「異文化間カウンセリングの活用-判断留保(エポケー)の実践-」

posted by ちんこ寺 at 01:00 | Comment(4) | TrackBack(1) | webの恐怖 b_entry.gif

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