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ネバー・エンディング・ブログ・ストーリー
ネバー・エンディング・ブログ・ストーリー その2
ネバー・エンディング・ブログ・ストーリー その3
ネバー・エンディング・ブログ・ストーリー その4
■母との別れ
メタの森を出たコポンチたちは、もと来た道をたどってお城へ帰ることにしました。お城へ帰るには恐ろしい脊髄反射の沼をもう一度通らなければならないのですが、コポンチは全然怖くなく、かえって心が躍りました。なぜなら命の恩人である沼地の母に再び会えるからでした。先ほどあったろくでなしのメタの賢人に腹を立てていたコポンチも、沼地の母のことを思うと怒りも収まってくるように感じられました。
沼地につくと、コポンチは早速沼地の母に挨拶をしようと思いました。しかし、いくら探しても沼地の母は見つかりません。
「どうしたんでしょうか?どこかへ出かけてしまったんですかね?」
コポンチは翁に聞きました。
「ううむ、本当におらんのう……。ムッ、あれはなんじゃ?」
翁が指差すほうを見ると、なんと沼の奥のほうで人が沈みかけているのが見えました。二人は急いで沼のぬめぬめした泥水をかき分けかき分け、おぼれている人影に近づきました。人影がはっきりとしてくるにつれて、コポンチの心に驚きと絶望が広がっていきました。沈みかけているのは、沼地の母でした。コポンチは思わず叫びました。
「母さん、何でこんなことに」
「あら、あなたもう戻ったの?……私ってバカねえ、ここの罵声には慣れてるつもりだったんだけど、ついうっかり脊髄反射で返しちゃったのよ。どうしちゃったのかしら?」
沼地の母が話している間にも、沼からは容赦なく罵倒の言葉が噴出し続けました。
「ざまあ見ろババア、お前の息子はとんでもねえバカ息子だったぜ」
「ひいひい言いながらおぼれて死にやがった」
「あんなみっともない死に方したやつも珍しいよな」
「おだまり、このろくでなしども!あんたたちみたいなクズにあたしの息子の何が分かるって言うんだい」
沼地の母は、はじめてあった時とはとはまるで違う恐ろしい形相であたり構わず罵りました。罵っている間にも彼女はどんどん沈んでいきます。もう胸の辺りまで沈んでしまいました。
「母さん、もうやめてください。母さんは優しかったじゃないか、僕を助けてくれたじゃないか、頼むから、そんなつまらないやつらの相手なんかしないで、戻ってきておくれよ」
コポンチは沼の罵声を払いのけるようにして沼地の母の手を掴み、懸命に説得しました。幼い時に母と死に別れたコポンチにとって、沼地の母は忘れかけた母そのものでした。それを、こんなつまらない罵声のために失うなんてとても耐えられるものではありませんでした。
「ありがとうコポンチ。なんだかうちの子が戻ってきて話しかけてくれているみたい……。これでもう悔いはないわ。でも本当におかしいわね、何で私は今になって罵声に脊髄反射しちゃったのかしら?息子の悪口なんて今まで何回も聞いているのに、今日に限って感情のコントロールがきかなくって、怒りがこみ上げてきちゃったのよ。これももしかしたらあなたの言っていた虚無のせいかしらね。この暗くて冷たい気持ちが虚無なのね。さようならコポンチ、私が沈んでも絶対に怒っちゃダメよ。沈むのは私だけで十分なんだから……」
そういうと、沼地の母は自分から手を離して、深い深い沼の底に沈んでいきました。
コポンチの心の中に、暗く深い怒りがこみ上げてきました。こみ上げた怒りはコポンチの体の中をぐるぐるとのた打ち回り、腹の底のほうでぐるぐるととぐろを巻いてずっしりと居座り始めました。
「このろくでなしどもめ、ど腐れちんぽこ野郎、便所の底のこびりついたうんこみたいに惨めな根暗どもめ、くだ巻いてないで出てきやがれ、一人残らずぶち殺してやる!」
コポンチは発狂したように手足をめちゃくちゃに振り回し、泥まみれになりながら泣き喚きました。そして体はどんどん沈み始めました。
「いかん」
翁はとっさにコポンチに当身を食らわせて、気絶させました。するとコポンチの体は沈むのをやめ、少しずつ浮き始めました。気を失っていれば罵声も聞こえず、怒ることもないからです。そこで翁は、自分の妄想から生み出したサルたちにコポンチを担がせて、急いで沼を渡りました。
■虚無の台頭
沼を越えてしばらくして、ようやくコポンチは意識が戻りました。なにやらまたぐらがスースー涼しくて、それで眼を覚ましたのです。そして、つらい現実を思い出しました。
「沼地の母はもう死んでしまったんですね……。それにしても何で僕にしたのと同じように沼地の母を助けてくれなかったんですか?」
「彼女は死にたがっていた。そう目で訴えていたんじゃ。だから手を出してやることが出来んかった」
「そういうものなんでしょうか……」
コポンチは割り切れない気分で股をもじもじさせました。
「ときにどうしたのじゃ、さっきから股をもじもじさせて」
「いや、何と言うか、スースー涼しくてなんだか変な気分なんですよ」
それを聞いたとたん、翁の顔つきが急に険しくなりました。
「なんじゃって?まずい、今すぐズボンとパンツを脱ぎなさい」
コポンチは驚きました。あんぐりあいた口が懸命に戻ろうとしてもなかなか戻れないほど驚きました。でも翁の有無を言わさぬ口調と表情に、しぶしぶズボンとパンツを脱ぎました。
「やはり、これは……」
翁はコポンチの股を覗き込んでうなりました。コポンチの股の、普段あるべき小さな小さな男性の部分があるところに、小さな小さな穴が開いているのです。コポンチは全身に鳥肌の波がザワザワッとさざめきたつのが分かりました。
「こ、これはどうなっちゃったんですか?」
「ふむ、これこそがこのブロゴスフィアに初めて姿をあらわした虚無そのものじゃ。よりにもよってこんなところに姿を現すとは」
コポンチは泣きたくなりました。
「なんでわざわざ僕の股に姿を現さなくちゃいけないんですか?」
「虚無は常にこの表の世界と拮抗して存在しておる。しかし、そのバランスはきわめて不安定なものなんじゃ。少しバランスを崩すとすぐに虚無が現実世界に顔を出す。そしてそのバランスの崩れた最初の場所がお前の股ぐらなんじゃよ」
「ぜんぜん意味が分かりません」
「そうじゃろうな。しかしよく考えてみよ、君の股ぐらのものが極めて小さかったのは何でだと思う?この世のものにはすべて何がしかの意味があるんじゃ。君の股ぐらのものが極めて小さいのにも意味があった。つまり、虚無とブロゴスフィアのバランスの拮抗する点が君の股ぐらのものであり、そのバランスの拮抗が崩れ始めたがゆえに君の股ぐらのものは極端に小さくなってしまったのじゃ。そして君は短時間のうちにたくさんの経験をした。多くはこのブロゴスフィアのばからしさ、くだらなさの側面しか見せてくれなかったじゃろう。そして沼地の母の死。これらすべてが君の心の中でこねくり回されて完全にバランスが崩れ、虚無がこのブロゴスフィアに実体化し始めてしまったんじゃ。ここで虚無が実体化したということは、おそらく今ブロゴスフィア各地で虚無が顔をのぞかせているに違いない。急がねばならん」
翁にまくし立てられ、事情がよく飲み込めないまま、コポンチは旅を急ぐことにしました。
■正論港の大船団
訳の分からない理由で旅を急がされたコポンチは、かなりのハイペースで歩かされ、行きの半分の日程で正論港にたどり着きました。そしてこの正論港にも、虚無の恐ろしい影が迫っていたのです。
正論港には港始まって以来の大船団が組織され、ちょうど今日が大船団出発の時期だったのです。船団を組織したのは、かの無断リンク大将軍でした。大将軍は無断リンク戦線の長い戦乱に幕を引き、AMLRF‐反無断リンク抵抗戦線‐の将軍を含めた多数の捕虜を連れて正論港に凱旋、今度は正論港を出航してスパム大公国への出兵を行うとのことでした。
コポンチが正論港に入った時、ちょうど大将軍の凱旋式がありました。栗毛の馬から颯爽とと降り立って演台に向かった大将軍は、漆黒の大鎧に理論武装脛当てを足に巻きつけ、そしてしっかりと鎖につながれていました。コポンチは、ああやはりとため息をつきました。
「おじいさん、これはやはり虚無の仕業でしょうか?大将軍とその軍団は、もう助けることは出来ないのでしょうか?」
翁は渋い顔で答えました。
「もう助けることはできん。少なくともわしらにはな。よいか、いったん文字の奴隷となったものが助かる術は一つしかないんじゃ。すなわち自ら奴隷になっていることに気づくこと。しかし、あの大将軍が自ら気づくとは思えん。酷なようじゃが、大将軍とその軍団、捕虜はこのまま出航して海の藻屑と消えるしかないんじゃよ」
翁が話す間に、演台に立った元大将軍の奴隷演説がはじまりました。
「諸君、無断リンク大将軍たる余は、無断リンク戦線の賊徒どもを残らず平らげ、ブロゴスフィアに法と秩序を回復した。しかし、我々は新たな敵と戦わねばならない。スパムである。我々はブロゴスフィアの尖兵となってかのスパムどもを断固膺懲すべく……」
■ネッタの悲劇 マージの悲劇
正論港の奴隷大船団の出航を見送る暇もなく、コポンチと翁はお城へと急ぎました。沼地の母のことといい、元大将軍の奴隷と奴隷軍団の死の出航のことといい、ブロゴスフィアがおかしな方向に突き進んでいることは明らかだったからです。
旅路を急ぐコポンチの目に、何やら見覚えのある人影が見えました。マージでした。しかし様子が変です。何か魂が抜けたように呆然と突っ立つその姿は返り血でぐしょぐしょに濡れ、両眼からは血の涙を流していました。そして血のりでべとついた大きな石を両手で抱えているのでした。
「マージさん、どうしたんですか?」
コポンチは思わず駆け寄りました。すると、マージの傍らにはついさっきまでネッタだった屍が横たわっていました。頭を何度も打ちつけられたらしく、顔でそれがネッタだとは判別が付かないほどにぐちゃぐちゃの屍でした。マージはぶつぶつとつぶやき始めました。
「わ、わからない。なぜ、なぜなんだ……」
コポンチにも目の前の事態を全く飲み込めませんでした。マージとネッタは確かに口げんかの絶えない兄弟で、特にコポンチはネッタが嫌いでした。しかし、マージの弟を思う気持ちを知っていたコポンチにとって、目の前の事態は全く信じられないものでした。そして唖然として棒立ちになっているコポンチの目の前で、マージは自分の頭に持っていた石を落とし、頭を砕いて死にました。コポンチは涙がふき出してくるのを抑えることが出来ませんでした。
■再びネチケット墓地へ
コポンチと翁は、マージとネッタの亡骸をネチケット墓地に運んで弔ってやることにしました。そして、以前お世話になったお寺に足を運びました。
お寺は相変わらず古びていて、相変わらず陰気な小坊主さんが出迎えてくれました。しかし、小坊主さんの目には悲しみのほかになにか強い意志が宿っていました。コポンチが二人の兄弟の埋葬をお願いすると、小坊主さんはそれに応じてくれました。
「わかりました。そのお二人は私が責任を持って埋葬します。今日からこのお寺は、私が一人で守らなければなりませんから……」
「一人でって、ご住職はどうされたんですか?」
コポンチは思わず聞きました。
「住職は本日亡くなられました。今朝起きてみると、もう……」
コポンチと翁は驚きました。すると小坊主さんは二人を奥の間に案内してくれました。奥の間は相変わらず陰気で冷たい空気が張り詰めていましたが、そこには冷たくなった住職の遺体が安置されていました。
「住職は御自分と戦われました。そして、本日旅立たれました」
小坊主さんの話によると、今朝起きて出て住職の世話をしに奥の間に行くと、たくさんの言い訳がつづられた例の包帯が住職の首を締め上げていたというのです。たしかに遺体を見ると、住職の首には、元々巻かれている包帯の上にさらなる包帯がグルグルに巻かれ、首を締め上げた跡がありました。首の骨は完全に折れていました。そして包帯には「この命は閉鎖します。皆さんどうもありがとうございました」と書かれていました。
「住職は立派な方でした。最期まで自分の心の弱い部分と戦われました。だから私も、たった一人になってしまったけれども、心を強く持ってこのお寺を大切に守っていこうと思います」
住職は結果として虚無に敗れました。しかし、その弟子が志を継いで迫り来る虚無と戦うことでしょう。コポンチはこの新しい寺の主のためにも、何とか虚無を退ける手立てを考えなくてはと心に誓いました。そしてふと気づいてズボンとパンツを下ろしてみると、虚無は以前のぞいたときより比べ物にならないほどに大きな穴となって、コポンチの股ぐらの中で存在感をアピールしはじめていました。
急がなくてはならない。そう悟ったコポンチと翁は旅を急ぎました。
その6へ続く