2006年05月31日

私は作品としてブログを扱っている人の書くものが好きです

言葉の価値を知り尽くした人の文章を無料で読める歓びを皆さんと分かち合いたいです

この記事を書きながら漠然と思ったことを書きます。



■私は作品としてブログを扱っている人の書くものが好きです

 なぜならば、言葉一つ一つの価値が高く、鑑賞に堪えうる場合が多いからです。言葉には価値があって、粗製濫造されたり、流通しすぎて供給過剰になってしまうと、価値が下落します。また、無理やり一つの意味に押し込めて文脈の中でガチガチに固めて身動きをとれなくしてしまっても、言葉はその光彩を著しく失うので、やはり価値が下がります。

 センスの良し悪しはありますが、私は作品として自分のブログの記事を扱っている人は、言葉の価値についてよく知っている人が多いように感じます。理屈で知っていなくても勘で分かっているというか、そういうものです。

 それで言葉の価値を知っている人は、それを扱う時に自然と慎重さをもって扱うんです。ここでいう慎重さとは、世俗的な配慮のことではなくて、自身の言葉選びのセンスに対する慎重さです。こういうことを言いたいんだけれども、それを表現するためにはどんな言葉を使ったらいいだろうか、これは無粋な表現だからやめとこう、これは陳腐に過ぎるとか、無理のない感じで自然と吟味出来る人が言葉の価値を知っている人だと思います。

 あとセンスを持ってる人は、文章が長くなっても、言葉の価値が下落しづらいんです。普通、長文になればなるほど言葉の価値は下落します。よく勢いのある長文が、その勢いの強さゆえに評価されることがありますが、それは間違いです。よく量販店に行くと天井までうずたかく詰まれた商品の山を見て、うわあすごいなあと思うことがありますが、それはただ単にたくさん物があるから驚いているだけであって、物そのものへの感心ではないんです。それに比べて、センスのあるひとは、物量のすごさを逆に感じさせない文章を書くんです。どんなにたくさん文章を書いても、量的なすごさを目立たせずに、言葉一つ一つが放つ光彩で魅せるということが出来る人こそセンスのあるひとだと思います。好みの問題も多分に割り込んできますが、そういう傾向はあるような気がします。
posted by ちんこ寺 at 22:01 | Comment(6) | TrackBack(1) | 日記 b_entry.gif

言葉の価値を知り尽くした人の文章を無料で読める歓びを皆さんと分かち合いたいです

■素晴らしいブログを独り占めしているのは嫌なので皆に紹介したいです

×小笠原鳥類

 ここでは言葉がただの道具としてではなく、その用途と無関係に、純粋に鑑賞されるものとして展示されています。言葉の価値がすごく高い状態で展示されているんです。こういうものを無料で見られるというのはものすごく贅沢なことだと思ったので、この人の著書を買いました。



 この詩集はさらにすごいです。無料版と有料版の違いというべきでしょうか。私はいつもこの詩集を、画集を眺めるようにパラパラめくって読むというか眺めるのが好きなのですが、この詩集を読むと、普段は記号としての価値しか持たされていない言葉がその束縛から解放されて、言葉の本来の色彩というか味わいというものが、著者の絶妙なセンスでブレンドされて、まるでミラーボールが超高速回転しているような輝きを放っています。

 特に頭に残ったフレーズは「金属のテリーヌ」と「殺さない電気殺害動物・孔雀(クジャク)」であり、頭にこびりついて離れません。また、作品単位でのお気に入りは「腐敗水族館」で、一番多く読みました。

 上記の「×小笠原鳥類」というブログは、言葉の価値について知り尽くしている人が書いているブログです。言葉の価値について通り一遍の理解で済ますのでなくて、きちんと体感したい人は是非見に行って欲しいと思います。
posted by ちんこ寺 at 21:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 鑑賞記 b_entry.gif

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