偉大なるノコノス宇宙連合艦隊司令長官兼宇宙軍大将兼スコティッシュフォールド侯爵であるところのタマ提督の失禁をさかのぼること約1時間前、戦艦イリオモテ艦橋にて。
「本艦のスケジュールを確認いたします。本艦はこれより二一〇〇に第2衛星バステトの周回軌道に入り、〇一〇〇にテフヌト基地に着陸、特殊工兵第13小隊を下船させます。なお、テフヌト基地における補給はバステト標準時……」
航海長ウンピョウ少佐の朗々たる美声はノコノス宇宙軍内でも有名であり、現在彼が行っている報告も一般業務というよりは、一つの芸術作品であると言えた。戦艦イリオモテ艦長のバーマン大佐はウンピョウ少佐をいたく気に入っており、考え事をする際には必ず少佐にどうでもいい報告をさせ、その朗々たる美声を聞きながら思索のときをすごすのが常であった。
バーマン艦長は純白の体毛をふさふささせながら、出航以来心に染み付いてなかなか落ちない疑惑について一人思い悩んでいた。艦長の悩みのもとは特殊工兵第13小隊である。特殊工兵‐通称NOKOMATA‐とは、ノコノス陸軍所属の特殊部隊であり、簡単に言うと破壊工作や要人暗殺等のヤバイ任務をこなすための部隊である。地球の読者諸君に説明するとすれば、グリーン・ベレーやスペツナズみたいなものだと想像してもらえばわかりやすいだろう。そんなNOKOMATAの一個小隊が、衛星バステトにどんな用があるというのか?そしてなぜかこの一個小隊を指揮しているのは中佐である。一個小隊の指揮官が中佐?おかしいじゃないか?今思えば、艦に乗り込んできた経緯からして怪しい。リンクス中佐なる小隊指揮官はこう言った。
「陸軍参謀本部情報局第3管区所属特殊工兵第13小隊リンクス中佐であります。本隊は情報局第3428命令により貴艦に乗艦し、衛星バステトのテフヌト基地に向かいます。こちらが命令書です、ご確認ください」
命令書には確かに中佐の言うとおりのことが書いてあったし、本艦が衛星バステトに向かうのも元々あった任務の一環であった。しかしよくよく考えてみると、確か情報局第3管区ってアビシニア自治区のブチに本部を置いていたんじゃなかったか?ブチはノコノス事件の大墜落で消滅したんじゃなかったか?
何かが心に引っかかる。おかしい。そこでバーマン艦長は宇宙連合艦隊司令部を通して陸軍に照会してもらった。しかしノコノス事件の大混乱の中、照会に時間がかかりすぎてしまい、返信を待たず出航して現在に至っている。未だに返事は来ていない。
「……テフヌト基地離陸は〇九三〇を予定しております。なお、本艦は衛星バステト周回軌道上にて……」
「艦長、陸軍参謀本部より照会の件、返信が届きました」
「よし、ウンピョウ少佐、黙ってよろしい」
ウンピョウ少佐が残念そうにその美声をのどの奥にしまいこむのを尻目に、バーマン艦長は急いで陸軍参謀本部からの返信をスクリーンに反映させた。
戦艦イリオモテの反乱 その3に続く