宛 ノコノス宇宙連合艦隊 第三艦隊 戦艦イリオモテ 艦長バーマン宇宙軍大佐
貴官 ノ 照会 サレタ 特殊工兵第十三小隊 ハ ノコノス事件発生時 ニ ブチ陸軍基地 ニテ 全滅 セルモノ也. 又 リンクス中佐 ハ 特殊工兵教導大隊 ノ 先任教官 デアリ 特殊工兵第十三小隊 ニ オケル 所属記録 ハ 存在 セズ. 注意 サレタシ.
自 陸軍参謀本部 情報局 局長 サーバル陸軍少将
スクリーンいっぱいに広がったメッセージの上にちろちろ視線を泳がせながら、バーマン艦長はやはり自分の勘は外れていなかったと確信した。
「今すぐリンクス中佐をここにつれて来い」
「その必要はありませんよ、バーマン艦長」
リンクス中佐だった。バーマン艦長がゆっくり振り返ると、いつの間にか艦橋は偽特殊工兵第13小隊のみなさんに銃口を突きつけられた可愛そうな軍人たちで溢れかえっていた。
「艦長、どうか余計なことを考えずに聞いてください。何も言わずに、この艦を我々に引き渡してください」
「君たちは何者で何がしたいんだ?」
「我々は特殊工兵13小隊ではありません。ノコノス事件の混乱に乗じて私が特殊工兵各部隊から引き抜いてきたかつての教え子たちです。また、我々の目的は衛星バステト上陸ではありません。我々の目的はノコノス事件に関わった主要ブロガーの抹殺です。銀河各地に散らばるブロガーどもをしらぶしに殺すためには、我が軍唯一の空間圧縮装置搭載艦である戦艦イリオモテが必要なのです」
「ふーん。ずいぶん思い切ったことするね君たち」
「もとより死は覚悟の上。これだけの大災害を引き起こしておきながら素知らぬ顔で生をむさぼっている阿呆どもにノコニアン魂を見せ付けてやり、死んでいったものたちの仇を討ちたいのです」
リンクス中佐の顔には不退転の決意と決死の覚悟がありありと浮かんでいた。一方バーマン艦長も必死だった。彼らの言い分を真面目に聞いてやるふりをすることに必死だった。しかし、もう限界だ。なんだよあの大げさな顔は、必死でこらえていた笑いが腹の底からはじけ飛んでしまった。
ばははははははははははははははははははははははっはははははははははははははああっははははははははははははははははっははは。
「はは、はは、ははは、はあはあ、君たち何?君たちだけで思いつめてさっきの計画練ったの?なんだ、そんなことならもっと早く言ってくれれば良かったのに。言っとくけど本艦乗員だって全員が遺族だよ?というよりも人口の半分が死んでしまったんだから、ノコニアン全員が遺族なんだよ。だからさあ、君たち自分たちだけで悩まないでさ、うちらにも協力させてよ」
いきなり大爆笑されて完全にあっけにとられ、瞳孔開きっぱなしのリンクス中佐を見据えながら、バーマン艦長は続けた。
「それと、死は覚悟の上とか言ってるけど、君たち死ねば簡単に責任取れると思ってるの?甘いよそれ。……これは軍のトップシークレットだったんだけど言っちゃうね。実は私は不死者なんだよ。死ねない私はどう責任取ればいいわけ?答えよリンクス中佐」
「ええっ?不死者なんですか?そうですか……それは、その、あの……」
「無理して答えを探さなくていいよ。君たちにはどうせわかんないだろうしな、死ねない者の苦しみは。ちょっと長話していいかね?」
気おされっぱなしのリンクス中佐は無言でうなづいた。
「もう何百年前のことだったか忘れたけど、不治の病にかかったことがあってね。医者にも見離されて、もう死を待つだけの日々を送ってたことがあったんだよ。そんなある日、一人の医者が現れた。本人が言うにはモグリの医者だそうだ。何の見返りも望まずに、彼は私の命を助けてやると言った。しかし、同時に恐ろしい後遺症が残るだろうとも言った。手術は成功して一見なんの異常もなかったかのように思えたが、月日がたつごとに後遺症の恐ろしさが現れてきたんだ。死ねなくなってしまったんだよ。どんな危険な目にあってもどんな重い傷を負っても死ねないし、病気しても普通死ぬ症状で瀕死の重体のまま何ヶ月間もうなされることがあるんだ、一時期全身がガン細胞に埋め尽くされたこともあったよ。あと、親しい人たちは私を置いてどんどん死んでいく。絶望してもう二度と家族なんか作るものかと思ってみても、やっぱり寂しさに負けてまた家族作っちゃうんだよ。自分だけ取り残されるってわかっててやっちゃうんだ。わかる?この気持ち?それでそういうことひっくるめて生きてること全てに耐えられなくなって何回か自殺を試みたんだけど、やっぱり全然駄目で、苦痛だけ味わってどうしても生き残ってしまうんだ。こんな恐怖があるかね?……ちなみに後で調べてみてわかったんだけども、あのモグリの医者は札付きの不死者で、暇に飽かせていろんな宙域に行っては人の命を救う振りして悪質な嫌がらせをしている奴だとわかったんだ。そして不治の病にかかって必死に命乞いをしてきた私には無意味に長い人生を押し付けて去っていったようなんだ。私はね、いつかそいつにもう一度会って、あらん限りの口汚い罵倒を浴びせてやることが夢なんだよ。だから、もうそろそろこの星に居続けて奴を待っていてもしょうがないかな?こっちから探しに行ってもいいんじゃないかな?とか思ってるわけ。で、何の話だったっけ?」
右脳と左脳がもんどりうって格闘している状態からやっと解放されたリンクス中佐は答えた。
「ですから、私たちがこの艦を使って、死んでいった者の仇討ちをしたいという話です、たしかそういう話でした……」
「いいよ。この艦を貸してあげるよ。あと我々もついてっていいだろ?艦の操縦に習熟している乗員は君たちにとっても必要だろう。おい、みんな、彼らの仇討ちを手伝ってやろう、いいな?」
「サーイエッサー!」
副艦長以下全員が叫んだ。NOKOMATAたちも叫んだ。もう銃を突きつける者も、突きつけられる者もいなかった。自分たちの家族を奪った阿呆どもを殺して回ることはノコニアン全員の悲願だったのだ。
「リンクス中佐、まずどの宙域に向かえばよいか?」
「は、ZZZ‐84N‐C3が良いかと思われます」
「航海長、ZZZ‐84N‐C3へむけて空間圧縮用意」
「ZZZ‐84N‐C3へむけて空間圧縮用意、サー」
矢継ぎ早に指示を出しながら、バーマン艦長は思い出したように言った。
「やっぱり挨拶なしに出て行くのはまずいだろう。通信士、宇宙連合艦隊旗艦ノコジャラシ一世号に打電、キンキュウレンラク.ダイ3カンタイ ショゾク ノ センカン イリオモテ センセン ヲ リダツ ス.クリカエス ダイ3カンタイ ショゾク ノ センカン イリオモテ センセン ヲ リダツ ス.」
10分後、戦艦イリオモテは宇宙空間にぽっかり空いた穴の中に姿を消した。行き先は宙域ZZZ‐84N‐C3。
続く