2006年03月19日

明治三十四年のスパム

■いつの世にもスパムは絶えない

 最近、正岡子規の墨汁一滴(岩波文庫)というエッセイを読みました。その本の二月十二日のエッセイ(青空文庫の墨汁一滴をご参照ください)にスパマーへの苦言が載っており、いつの世もスパムは絶えないのだなあと悲しい気持ちになりました。
 この文章は、正岡子規の所属していた「日本」という雑誌に俳句寄稿コーナーがあって、そこに寄稿するスパマーに文句を言っている文章です。リンク先の古文っぽい文章が読みづらい人のために、下記に口語調に改めて文章を書きましたので、古い文体が苦手な方はこちらをご覧ください。カッコはちんこ寺による注釈です。


「日本」に寄稿してくださるみなさまにお願いがあります。みなさまの多数の投稿のお陰で(病に臥せっている)私の枕元には、この冬の分だけで一万句もの俳句をお送りいただき非常に感謝しております。

 しかし、みなさまの投稿を読むと、数が多い割には良い作品が少ないので、せっかく投稿してくださっても(掲載基準に達しないものがあまりに多いため)投稿分だけで俳句欄をうずめることができない場合も少なからずあります。掲載基準を書くと、十句のうち一句以上を掲載できるのはペンネーム「格堂寒楼」さんたちで、そのほかは百句のうち一句も掲載できないような人もいます。最も多く投稿しているペンネーム「八重桜」さん(スパマー)は、季節ごとに数千句を投稿していて、一題につき二十〜四、五十句にも及びます。しかしその作品を見ると、ありきたりでつまらぬ作品もパクリも構わず送ってきており、ちょっと迷惑です。

 また、一題につき百句などたくさん送って下さる人もいます。一題につき百句を作るのは初心者の練習用にはいいと思うのですが、その中から良い作品を抜き出すのは非常に難しいです。ましてそのお題がコタツ、頭巾、火鉢、フトンのたぐいであった日には、読まなくてもダメだろうなというのは分かります。だから私はそういう場合、最初の十句くらいを読んでその中に良い作品が無ければ残りもダメだろうと思って捨てることにしています。

 私も年々からだが弱ってきているわけですから、二十句の良い作品を得るために千句以上を選考しなければならないとなると、到底心も体ももちません。ですから、何とか自分で取捨選択してから投稿してください。ほんとに頼みます。以上。

 酷いものです。内容の無いブログの検索トラックバックスパムやコメントマルチポストスパムを連想しました。雑誌「日本」への投稿は相手が一人であり、検索トラックバックスパムやコメントマルチポストスパムは相手が複数であることに違いがありますが、基本的に相手の迷惑を考えず、楽していい思いをしたいという根性に、明治時代の一部投稿職人と平成のスパマーの相似を見つけました。

 このころ正岡子規は結核やその他の合併症で寝たきりになり、苦痛で夜も眠れない日々が続いていたようです。それを八重桜みたいなスパマーへの対応で貴重な時間が削られていたのだと考えると、本当にスパマーという奴を許せなくなります。もしスパマーからの投稿を選別して捨てる時間を他の著作の執筆活動に費やしていたら、正岡子規の著作が一つくらい増えていたかもしれません。そう思うと、スパマーは文化活動に対する大罪人であり、本当に許せません。



■墨汁一滴は非常に面白いエッセイです

 最後に、良質の著作のうちのつまらない部分だけ取り上げては正岡さんに申し訳ないので「墨汁一滴」の宣伝をします。
 「墨汁一滴」は、スパマーへの苦情みたいなのがだらだら書いてあるエッセイではなく、鋭い感性と自然な明るさに満ちた素晴らしいエッセイですので、是非読んでみてください。本当にこれが死病に冒された人間が書くものなのかと思うくらいな不思議な明るさと透明感があり、正岡子規というひとりの人間の強靭な精神を感じることができます。青空文庫に全文が載ってますから、興味あるひとは是非読んでみてください。自信をもってお勧めします。
posted by ちんこ寺 at 21:57 | Comment(0) | TrackBack(1) | 博物誌 b_entry.gif
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Excerpt: ■明治三十四年のスパムの補足説明です はてなブックマーク‐不備日報:明治三十四年のスパムのコメントで、id:yumizouさんとid:tks_periodが、明治時代の投稿職人をスパム扱いするのは..
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Tracked: 2006-03-20 23:49
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