■私は排泄を好む
参考:
ネット上の排泄行為
排泄‐Wikipedia
私は排泄を好む。特に糞便を排泄する排便を好む。やはり排便の妙は、一に大きな糞をひり出してやったという達成感にあり、二に大便が直腸や肛門を通る際の爽快感である。これらの妙味があるからこそ、私は排泄行為そのものを好むということ、そして排泄そのものは決して悪ではないということを、世界に発信したい。
■排泄は官能的美を追求しなければならない
また、排泄には官能的な美の探求というたしなみ方も存在する。これは上記の単なる排泄行為自体の楽しみよりも複雑であり、より高度なたしなみであるといわなければならない。そしてこの官能的美の追求をよく行っているのが芥川龍之介の「好色」である。
青空文庫「好色」
さすが芥川龍之介といわざるを得ない。私は十代のころこの「好色」を読み、その変態ぶりに度肝を抜かれ、心を奪われたことを今でも覚えている。意中の女性の大便を強奪してそれを口に含んだところ、それが香木でこしらえた精巧な偽者であり、口の中に広がる芳香の中で絶望のあまり昏倒する平貞文。およそ凡夫のまねの出来るところではない。
やはり排泄の官能美の探究は、見られまいとする恥じらいの気持ちと、暴き見てやろうという凶暴な欲情のバランスの上に成り立つものであり、ここがただの排泄と官能的排泄を峻烈にわけ隔てるものである。
排泄は非常に奥深い世界を持つ。
■美しい排泄をするために
排泄にも官能と美が存在する。そしてその官能と美を探究するために注意しなければいけないことをここに記す。
1.排泄は基本的にトイレでする
2.排泄後はきちんと後始末をする
3.後始末に失敗した時は、その旨を次の人に伝え謝罪する
4.人のところで排泄する時には「トイレお借りします」ときちんと言う
5.人のところであまり長々と垂れ流さない
6.恥じらいの気持ちを忘れない
7.公衆の面前で糞を垂れ流し恥じるところのない者は排便家の敵である
8.もらした時にはその旨関係者各位に告知し、謝罪する
9.すかしっ屁は言語道断
10.排便を嫌う人に趣味を押し付けない
以上、排便家は恥じらいの気持ちを忘れずに排便の快楽を求めつづけるべし。まちがっても恥じらいの気持ちを忘れ、他人の迷惑を顧みない振る舞いをしてはならない。
2006年04月23日
この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/16957468
真の排便家にとって、糞尿でないと分かっていて食ったかどうかは問題ではない。
Excerpt: ■先日の記事の補足 先日の記事排泄は官能的美を追求しなければならないにて、小説「好色」に登場する平中(平貞文)という人物を通して排泄の美について語ったところ、以下の反応があった。 「ちょっ、それ...
Weblog: 不備日報
Tracked: 2006-04-29 02:09
http://blog.seesaa.jp/tb/16957468
真の排便家にとって、糞尿でないと分かっていて食ったかどうかは問題ではない。
Excerpt: ■先日の記事の補足 先日の記事排泄は官能的美を追求しなければならないにて、小説「好色」に登場する平中(平貞文)という人物を通して排泄の美について語ったところ、以下の反応があった。 「ちょっ、それ...
Weblog: 不備日報
Tracked: 2006-04-29 02:09

解釈が難しい文章ですが、最後の10か条を見るに、おおむね賛同?好意的?に受け止めて頂いているように感じました。ありがとうございます。
なにより、文章が美しいことに感動しました。これからRSSリーダーでチェックして拝読させて頂きます。
ではでは。
私はこの記事で排泄のすばらしさを訴えたかったので、特にトラックバック先への感情を持って書いたわけではありません。余計に感情をこめて書くと、ろくなものにならないからです。それに解釈をする必要はありません。排泄を好むか好まないか、ただそれだけの問題です。平貞文の心情を理解するか、理解しないかの問題があるだけです。
「二に大便が直腸や肛門を通る際の爽快感」
これはビールを飲むときののど越しに似ていると思います。爽快感を味わう場所が食道であるか直腸であるかの差があるだけです。
で、考えてみればA感覚というのは、性的快楽の中でも男女が共有できる数少ない感覚なんですよね。だからこちらも感情移入しやすい。そういった意味でも、男女ともにA感覚の開発は大いに進めるべきだ、というのが最近の僕の主張です。
その通りです。排便のときの爽快感は別に悪いものではなく自然の生理現象なのですから、より多くの人に心を開いてもらいたいものです。
私は腸を検査するために肛門から大腸ファイバーを入れたことがあります。カメラが通る際には肛門近辺が非常に痛く、腸内はえもいわれぬ気持ち悪さで満たされましたが、そのときから肛門への理解が深まりました。
また、大腸ファイバーを入れる前に浣腸をして腸内を洗浄したのですが、そのときのこみ上げる便意を我慢したのちの排便も非常に心地よいものでした。