2006年05月06日

はてなブックマークのululunさんの要望にこたえようとする記事

■ご意見ご感想ありがとうございました

 不備日報‐汝、文字の奴隷となるなかれ。に対して、ブックマークや言及記事でたくさんの反響をいただきました。リファラをたどってみたり、ブックマークのリンクをたどったりして、自分が気づく限りの記事やコメントを見に行きました。言及してくれたみなさん、ありがとうございます。

 私が見に行ったコメントや記事の中で、特に気になったのが、はてなブックマーク‐不備日報: 汝、文字の奴隷となるなかれ。のululunさん(煩悩是道場)の以下のコメントです。

 ブックマークコメントといえど、全力で書いていますよ。それを汲み取ってはいただけないものでしょうか。
 一人の人間が、自分のやっていることは全力でやっているのであり、適当にやっているのではないと言っています。そのことについて、私は傾聴して、そのコメントの奥にあるものを、より深く理解したいと思いました。



■ululunさんのブックマークをululunさんになった気持ちで読みました

 そこで、私はululunさんのブックマークとそのブックマーク先の記事を読んで、そのブックマークにこめられた想いや背景について、寄り添って感じてみようと思いました。

 まず、ululunさんのブックマークである「煩悩ブックマーク」のうち、

5月1日『Mariaの祈り(神様、子どもを地獄から救ってください):「社会の少なくない人」って誰? - livedoor Blog(ブログ)』

5月5日『てんこもり。 【ソーシャルネット】mixi版 嫌いだけど人に言えないもの 3』

の5月分のブックマーク(計67件)をブックマークのタグやコメントと記事内容を合わせて読むことにしました。

 読み方としては、なるべくululunさんの心境に近づくべく、まずブックマークのタグやコメントを読んでからブックマーク先の記事を読み、その後もう一度タグやコメントを読むというやり方をとりました。

 読むときの精神的な注意点としては、自分の判断を括弧にくくって、なるべく自分の好みや価値観が出てくるのを抑えるようにしました。今回私がこのエントリーを書こうと思った経緯に囚われず、あくまで自分が「煩悩ブックマーク」の管理人だという気持ちでやらないと、その人がどれだけ一生懸命ブックマークをつけているか分からなくなってしまうと思ったからです。ブックマークの中には私の記事も含まれていましたが、それを読むときはもちろん、自分が言及されたという気持ち(追記:自分がululunさんになってちんこ寺に何か言われたという気持ち)で読み直しました。



■読んでみた感想

 非常に疲れました。自分の好みでブックマークしたものをいつもの自分の感覚で読むのは楽ちんなのですが、自分の興味のないものも多く含まれている他人のブックマークしたものを、なるべくその人がどう思ってブックマークしたのかを思いを馳せながら読んでいくのは疲れました。また、時間もかかりました。夜に思い立って読みはじめて、気づいたら日付が変わり、タモリ倶楽部がはじまっていました。2時間以上は費やしたと思います。
 しかし、一人の人間が、
「自分のやっていることは全力でやっているのだ、それを汲み取って欲しい」
 こういう風に言っているのですから、いくら時間がかかっても、それは漢として受け止めたいと思ったのです。

 肝心の全力で書いているかどうかの話ですが、結局分かりませんでした。しかし、ululunさんになった気持ちで読むと力の入ったコメントもありましたし、少なくとも文章もろくに読まずに機械的にブックマークしているのではないということは伝わりました。なぜなら、記事、タグ、ブックマークを照らし合わせて読んでみると、思考の流れや感情の流れが読み取れるブックマークがあったからです。この人はこのブックマークをつけながらこういう風に考えたのではないか?と、ごく自然に推測できるものがあったからです。

 だから、全力で書いているかどうかは分からなかったものの、ululunさんの中でいろいろ考えてブックマークしたんだなあということはある程度追体験できたつもりです。

 ここで「お前の心は俺が全て受け取った!」などと見栄をきるのは簡単ですが、それではあまりに誠意がないし、嘘をつくことになってしまうので、「いろいろ工夫して傾聴してみたところ、半分くらいわかったような気がする」というのが偽らざるところです。



■最後に

 いかにその人の気持ちに寄り添う努力をしても、本人の価値観はそう変わるものではありませんが、相手を分かろう、理解しようとする姿勢が生まれてきます。また、人間そのものへの理解が広がったり、自分の視野が広がったりします。
 私は、あえてはてなブックマークに極端な反応をして「考えるのをやめないことや感じ続けることの大切さ」を繰り返しうったえてくれた弁償するとき目が光るのyuki1976_2さんに感謝するとともに、正面から問いかけてくれた「はてなブックマークのululunさん」にも感謝したいと思っています。
posted by ちんこ寺 at 02:40 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 b_entry.gif
この記事へのコメント
通告と申します。ululunさんのエントリ「言葉の奴隷は誰なのか」および「ウエブログを書くならば、突っ込まれるくらいが丁度良い。のかもしれない」のコメント欄で長文を撒き散らしておりまして、その中で「不備日報」さんにも激しく言及させていただいております。お暇なときにでもご一読いただければ幸いです。「煩悩」コメント欄でのやりとりを終えましたので、こちらにお邪魔いたしました。身勝手な解釈に基づいた雑な意見を衆人環視のもとでさらしてしまっていることについての謝罪と、有意義な記事を読ませていただいことへのお礼を、遅まきながらさせていただければと思います。すみません。そしてありがとうございました。今後も楽しみにしております。
Posted by はじめまして at 2006年05月11日 17:54
 はじめまして。一連のやり取りは興味深かったので、読みました。記事の解釈については、どういう解釈をしても問題ないと思います。言葉は発された瞬間からその人の手元から離れていってしまうものですから、それを解釈するのは自由です。あと通告さんのコメントは読み応えがあってすごく参考になりましたよ。まじめに対話をしたいんだろうなという気持ちが、傍から見ている私にも十分に伝わってきました。
Posted by ちんこ寺 at 2006年05月12日 01:09
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