最近マクルーハンの本を読んで感動しました。
マクルーハンって誰だという人はここを見たり、「マクルーハン
ところでマクルーハンの何に感動したかというと、メディアと五感に関するお話です。
人間は視覚、聴覚、嗅覚、触覚、嗅覚の五感を使って世界を認識しているのですが、使われるメディアによって五感の使われるバランスが大きく変わるということなんです。
特に西洋世界ではグーテンベルグの活版印刷のおかげで文字のメディアが優勢となり、それとともに視覚のみが優勢になり、他の感覚は縮小しているということらしいです。
マクルーハンは電子メディアの到来によって視覚優位の世界が崩れて、全身体的知覚の世界になるだろうと予言しています。
そこで、インターネットを使うときはどの感覚を使って、どの感覚を使わないのか考えようと思いました。
視覚:ディスプレイを見る。
聴覚:あんまし使わない。でもインターネットラジオを聴いたりするときに使うかも。
嗅覚:使わない。残念ながらディスプレイから匂いを発するシステムはない。
触覚:キーボードをたたく。マウスをクリックする。
インターネットでのコミュニケーションは、ほぼ指で行う。
味覚:使わない。残念ながらディスプレイを舐めると味を感じられるシステムはない。
こうみるとインターネットは視覚と触覚が圧倒的優位を占めるメディアであるようです。電子メディアが全身体的知覚の世界の復活を促すというマクルーハンの予言は、まだ達成されていないように思えます。
2 指コミュニケーション
当たり前のことですけど、ブログを書いたりコメントを入れたり、トラックバックを送ったりする時って、全部指とキーボードを使ってるんですね。指だけでコミュニケーションするってなんだかすごくないですか?
対面コミュニケーションでは相手の言葉(聴覚)、声音(聴覚)、表情(視覚)、しぐさ(視覚)、スキンシップ(触覚)…など、たくさんの感覚を動員して分析総合しながら、誤解や認識のズレをなくすように努めます。
しかし、インターネット上のコミュニケーション(長いので指コミュニケーションと命名します)では、ディスプレイを見ることでしか情報を得られませんし、情報源は主に活字です。活字には表情や体温はありませんし、筆跡から相手の心理や性格を分析することもできません。なんだかものすごく不便なコミュニケーション手段です。
活字から読み取ることができるのはせいぜい前後の文脈くらいしかないのですから、こりゃ、難しいコミュニケーション手段ですよ。
最近いろんなブログで「指コミュニケーション」がうまくいかないことが多い件についていろいろ書いてますが、そういうことが良く起こるのは、以下のような理由があるんじゃないかなと考えました。
1 「指コミュニケーション」がコミュニケーションツールとしてはあんまり優れものじゃないということを分かってなくてコメント書く人が多くなった。
2 いろんな感覚を動員する対面コミュニケーションと同じ調子で、不便な「指コミュニケーション」を使ってしまう無自覚な人が増えた。
3 国語のテストで「〜の文章の意味を要約せよ」などという問題で間違えまくっていた人(文脈を読む力が弱い人)が、ブームにのってたくさん来た。
4 1〜3を全て兼ね備えた三重苦の人がたくさんインターネットをやりに来るようになった。
注…いろんなブログ
BLOG STATION 批判について考える
他人の不幸は蜜の味 ブログ上の議論が不毛な結果に終わりがちな理由
むだづかいにっき 事実確認は人格の否定ではないしょ
Partygirl☆イラスト付きコラム フツーに言及ってむずかしい
ぽんすブログ 3つの議論
まじめな話おわり。
3 インターネット型人間 (Homo sapiens visio)
指コミュニケーションのことを考えていたら、絵や写真の掲載を行えば、少しは不便さが補われるのではないかと思い当たりました。そこで、私も絵を書いてこの記事をわかりやすくしてみようと思います。
私達が指コミュニケーションをとるときって、あまり自覚なしに、下記のインターネット型人間と同じくらい不便な思いをしながら四苦八苦してるんじゃないかなと思いました。

↑インターネット型人間 (学名Homo sapiens visio)
人間の五感のうち、インターネットで使う感覚のみで再構成された人類モデル。ディスプレイを見るための巨大な目(視覚)と、キーボードをたたくため残された手(触覚)しか持たない。耳(聴覚)、鼻(嗅覚)、口(味覚)は使われないために退化した。
長時間ディスプレイを見るので目は疲れるし、口がないからしゃべれない、顔のパーツが少ないから微妙な表情による気持ちの表出をできない。

↑インターネット型人間の眼球断面図
インターネット型人間はディスプレイしか見ないので、現生人類の基準で視力を測った場合、基本的に近視である。

↑指コミュニケーションの失敗によって怒ったインターネット型人間。
インターネット型人間は指しかコミュニケーション手段を持たないので、怒りを表明するにはキーボードをたたくしかない。しかし、指コミュニケーションは非常に不便な手段なので、怒りは、誤解と更なる怒りをもたらすことになる。
今日のまとめ
新語「指コミュニケーション」(Finger Communication)普及してほしい
インターネット型人間(Homo sapiens visio)はわりと良く描けたと思う。
参考文献の追記
不倒城 テロップ読むのをやめてみよう。
ここも関係あるかも。テレビでは聴覚を視覚に翻訳する際にいろいろ加工編集されてるから、たまには一次情報の聴覚を使ってみなよという件について。

まぁ、こんな風に進化(?)してしまった時には、指も1,2本は増えているかもしれませんね(笑)
ちなみに、指コミュニケーションですが、携帯における絵文字顔文字やネット上での顔文字(アスキーアートは含めていいのか分からないですが)など、海外ではどのくらい使われているのか、ちょっと気になりますね。推測だと日本はかなり多い方ではないか?と思うんですが。
「基本的に活字」という制約の中で、絵文字や顔文字は感情表現の補助として使われる訳で、この文化は如何にも内輪のコミュニケーションに長けた日本ならではなのかな・・と。
はじめまして。
楽しんでもらえてよかったです。ありがとうございます。
>(RPGでこんなモンスターいたようないなかったような)
多分、FF4のアーリマンに似てるかなと思います。翼つけて色を変えたらまるっきりアーリマンじゃないかと思いました。
指が増えるのはいいアイデアですね。もし私達人類の指が10本づつあったら、まったく違ったコミュニケーションの形が成り立つかもしれません。
指コミュニケーションの件ですが、確かに絵文字、顔文字、アスキーアート等は、日本で特に発達してるかもと思います。憶測ですけど。
日本人は古代に漢字からカタカナひらがなを生み出したりして、結構イマジネーション豊かに文字を変形させてますから、そういう歴史的背景もあって絵文字、顔文字等の多様な表現が出てくるのかなと思いました。
おもしろいご指摘なので、もしかしたら改めて記事にするかもしれません。
>おもしろいご指摘なので、もしかしたら改めて記事にするかもしれません。
実は、私もコメント書きながら「この発想でエントリー1つくらい書けそうかな」とは思ってましたが、陳居士さんの方がいい記事書いてくれそうだと思うので(おべっかじゃなく、仮説の根拠になりそうな例を私は思いつかないので)お任せします。
この記事から着想を得たのであれば、遠慮なく書いてください。材料が同じだからといってまったく同じものが出来上がるわけじゃありませんし、同じ題材でいろんな見方から記事が書かれるのは、いいことだと思います。あと、自分の記事を元に新しい見方が生み出されたら、うれしいという気持ちもあるし。
確かにそれはありますね。ブロガー皆に共通していることかも。
今のところ、本当に「着想」オンリーなので、書き始めて何が書けるのか自分でもサッパリ分からないんですが(苦笑)、近いうちに書いてみようと思います。
その際は、この記事にTBさせて頂きますね。
私も材料を探して書いてみようと思います。