2005年09月06日

トラックバック美学

□私はトラックバックの戦犯のひとりだ

LSTYさんのトラックバックをダメにした犯人は誰だ!?を読んで思いついたことです。

上記の記事では、トラックバックを駄目にした犯人を探すという形で、トラックバックの現状と未来を考えています。ちなみに容疑者は以下の4タイプです。

1 アクセスアップしか考えないスパマー
2 トラックバック大量送信の無自覚的スパマー
3 トラックバックしない人
4 トラックバックの作法にうるさい人

私に関して言えば当てはまるのがありそうです。

私は「3 トラックバックしない人」です。
トラックバックはあんまりしたくないです。めんどくせえなと思っています。トラックバックがいろんなところで論じられ、時として非生産的な論争になっているのを見るにつけ、めんどくせえなと思ってしまった経緯があるので、私自身に関して言えば、LSTYさんの分析はあたってそうです。



□それでいろいろ考えた
確かにいろいろめんどくさそうだからトラックバックを送らないという部分はあるんだけど、果たしてそれだけなのかと考えました。そこで、いろいろ考えた結果、「私はこういう風に考えるからトラックバックをあまり送らないのだ」と一つの結論が出ました。

結論:自分のトラックバック美学に適う記事をあまり書けてないから(自分の実力の不足)

ここは一つ私のトラックバック美学(どういうトラックバックが良いトラックバックであるか)を紹介し、良いトラックバックを増やすためにこの記事で解説していきます。

ここでいきなり美学をうつのは、「4 トラックバックの作法にうるさい人」のところを読んで、作法とか「べからず論」ではなくて、「こうすれば美しいトラックバックを送れますよ」という記事が増えればトラックバックが増えるんじゃないかという思ったからです。

とにかくトラックバック美学講座スタート。



□トラックバック美学講座1:トラックバックは彼我の記事を一つの構造の中に取り込む

私はトラックバックを、「彼我の記事を一つの構造の中に取り込むもの」だと考えています。
通常、記事は書き手と読み手という二者の関係しかありません。他の記事にリンクを貼るにしても、自分の記事の読み手に参照してもらいたいために貼りますので、基本的に二者関係であることはくずれません。

しかし、トラックバックを送る場合は、相手の記事にリンクが貼られ、こちらからは操作できないという意味で、相手の記事との関係と、相手の記事を読む読者との関係が生じます。そうすると、今まで「書き手と読み手の二者の関係」であったものが、「送信元の書き手、読み手、送信先の書き手、読み手の四者関係」という構造に変化します。(下図参照)

こうして現れる構造のきっかけとなるものがトラックバックであり、いかに美しい構造(記事群α)を作り上げるトラックバックを送信するかが、送信者(設計者)の課題になるわけです。


↓「トラックバックは彼我の記事を一つの構造の中に取り込む」の図
左の二つの円が通常の「書き手と読み手の二者の関係」
右の記事群αが「トラックバックが彼我の記事を四者関係に広げ、新しく現れた構造」(読み手Aから書き手Bの点線は、記事Aが記事Bに言及リンクを貼るか否かで現れたり消えたりする)

trackback01.jpg




□トラックバック美学講座2:美しいトラックバックとは

トラックバック講座1の図を踏まえて言うと、私の考える良い(美しい)トラックバックとは、

二つの記事A、Bの知識量の総和より、知識量の多い記事群αを作るトラックバックが、美しいトラックバックである。

ちなみに、トラックバック美学においてはトラックバックで結ばれた記事群の構造だけを見るので、その記事が何に言及しているか、どんな種類の記事であるかは特に関係ありません。

例えば、建設的意見のトラックバックで言えば、そのトラックバックによって読者の脳内で記事と記事の統合がよどみなく進み、新しい記事群の大伽藍が建築されれば美しい。

また批判的意見のトラックバックで言えば、一つとなった記事群を、批判という分解作業を通して、出来上がった記事群の構造を明示し、課題を浮き彫りにできれば良いんです。



□美しいトラックバックを送るには

理屈は簡単です。上の図の「記事群α」を、どういう構造にしたいかを頭の中に思い描いて(設計して)トラックバックを送ればいいのです。

しかし、この「記事群α」の設計が難しい。私はこの設計の段階でよく挫折して、トラックバック送らないままになります。それでもどうしてもトラックバックを送りたいときは、私は以下のように考えてトラックバックを送ります。

上図において私が書き手Aだとすると、書き手B、読み手B、Aの知識が最大化されるように記事を書こうと考えます。具体的に言うと、書き手Bの視点とは別の視点から同じ材料を見たり、書き手Bがあまり突っ込んで説明していないところを補完できるような記事を書きます。

例えば、今回の記事は「他人の不幸は蜜の味:トラックバックをダメにした犯人は誰だ!?」という記事にトラックバックしているのですが、私が今回の記事を美学講座にしたのは、元記事に「どうすれば駄目なトラックバックを良くできるか」という視点をつなげることで、より多面的な記事群αを作りたかったからです。

また、私は言及なし(相手のリンクを張らない)のトラックバックはしないのですが、それは、言及なしのトラックバックは、構造としてあまり美しくないからです。記事群αの構造から得られる知識を最大化するのが目的なのに、片一方の読者しか全体の構造を見渡すことができないのは、どう見ても不恰好であり、美しくない。
だから、トラックバック美学においては、言及なしトラックバックは、美しくないという点において悪です。

以上の美学を頭に入れてトラックバックを送るのと、そうではないのでは、かなりの差が出るはずです。自分の美学を持ってトラックバックを送る人が増えれば、いいトラックバックが増えるはずです。


□後記
疲れました。
自分で書いたのに「変なの」と思いました。
私は今日から耽美主義者です。
posted by ちんこ寺 at 17:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 b_entry.gif
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