2006年03月20日

再び明治三十四年のスパム

明治三十四年のスパムの補足説明です

 はてなブックマーク‐不備日報:明治三十四年のスパムのコメントで、id:yumizouさんとid:tks_periodさんが、明治時代の投稿職人をスパム扱いするのはどうなんだろう?という疑問を投げかけてくれました。そこで昨日の記事を読み返してみたのですが、確かに何の予備知識もなしにあの記事を読んだらそう思うだろうなと思って自分の説明不足を反省しました。そこで、補足説明をします。



■補足:三月十三日の墨汁一滴

 当時の投稿俳人の中には、芸術活動として俳句を楽しむのではなくて、雑誌に掲載されて目立ちたいだけの人も多かったようです。墨汁一滴三月十三日のエッセイ(青空文庫参照)に、当時の投稿俳人たちの様子が描かれています。以下、口語訳にします。
多くの人の俳句を見ると、自分の頭をしぼってしぼって考え出した俳句は非常に少なく、新聞や雑誌の載っている他人の句を五文字くらい置き換えてすっとぼけて投稿しているようです。一例を挙げると、

○○○○○裏の小山に上りけり

という十二句があるとすれば、初めの五句に季語を当てはめて俳句を製造するのです。「長き日の」「のどかさの」「霞む日の」「炉(ろ)塞いで」「桜咲く」「名月や」「小春日の」等どんな五文字をくっつけてもたいていそれっぽくなります。非常に重宝な十二字です。あるいは

灯(ひ)をともす石燈籠(いしどうろう)や○○○○○

という十二字を使えば「梅の花」「糸柳」「糸桜」「春の雨」「夕涼み」「庭の雪」「夕時雨(しぐれ)」など様々な五文字をくつつけるのです。あるいは

広目屋の広告通る○○○○○

という十二字なら、「春日かな」「日永かな」「柳かな」「桜かな」「暖き」「小春かな」などを置きます。こういうことをするためにあらかじめ新聞雑誌の俳句を切り抜いておき、いざ俳句を作ろうという時にそれをひろげてあっちこっちを取り合せ、十句でも百句でもあっという間に作ったのをはがきに書いてすぐにポストに入れるのです。
 選者がもしそれをパクリだと知らずに一句でも二句でも掲載してしまえば、投稿した人は鬼の首をとったように喜んで友達に自慢してまわるのです。このようなパクリの時期は誰にも一度はある事だけれど、何年たってもこの泥棒のような段階から抜け出ることができない人がいます。気の毒なことです。

 酷いものです。私は墨汁一滴を読む途中でこの三月十三日のエッセイと前回の二月十二日のエッセイを見つけて、明治の一部投稿俳人が他人の作品を無断でパクって俳句をお気軽に大量生産して投稿する、そういう精神と、現在のスパマーがキーワード検索をかけて一字一語の共通点だけでお気軽にトラックバックスパムを一斉送信する精神とが非常に似ていると思ったのです。
 二月十二日のエッセイで正岡子規が「ましてその題が火燵(こたつ)、頭巾(ずきん)、火鉢(ひばち)、蒲団(ふとん)の類(たぐい)なるにおいては読まずしてその句の陳腐なること知れ申候」と書いたのは、以上のような事情から、コタツ云々の語句を使うのが悪いというのではなく、パクリでも無断転載でも何でもいいから手当たり次第言葉をつなぎ合わせて五七五の文字列を作って投げつけてくる人たちに失望し、愚痴の一つでも言ってみたくなったのではないかと思ったのです。多分まじめに芸術活動をしようと願う人がコタツを題にして俳句を読んだのなら、こういう文句の言われ方はしないでしょう。



■おまけ

 三月十三日の正岡さんの証言に基づいて、明治時代の一部投稿職人のはがきを現代風にアレンジし、再現しました。こんな感じの投稿ばかりだったら相当へこむと思います。

 俳句コーナー開設おめでとうございます。みんなの八重桜です。
 ところで今回はフトンをお題にして四つも俳句を思いついてしまいました(笑)。私ってひょっとして天才?(爆)どれもいい句だと思うので、ぜひぜひ掲載してくださいね。ぺこりm(_ _"m)。

フトンをお題に詠める。

晴れた日にフトン干したる春の朝
晴れた日にフトン干したる夏の朝
晴れた日にフトン干したる秋の朝
晴れた日にフトン干したる冬の朝

 他にも思いついたので書いときますね。やっぱ天才?

コタツ出て裏の小山に上りけり
フトン出て裏の小山に上りけり
頭巾被り裏の小山に上りけり(字余り)
火鉢置き裏の小山に上りけり

posted by ちんこ寺 at 23:49 | Comment(5) | TrackBack(0) | 博物誌 b_entry.gif

2006年03月19日

明治三十四年のスパム

■いつの世にもスパムは絶えない

 最近、正岡子規の墨汁一滴(岩波文庫)というエッセイを読みました。その本の二月十二日のエッセイ(青空文庫の墨汁一滴をご参照ください)にスパマーへの苦言が載っており、いつの世もスパムは絶えないのだなあと悲しい気持ちになりました。
 この文章は、正岡子規の所属していた「日本」という雑誌に俳句寄稿コーナーがあって、そこに寄稿するスパマーに文句を言っている文章です。リンク先の古文っぽい文章が読みづらい人のために、下記に口語調に改めて文章を書きましたので、古い文体が苦手な方はこちらをご覧ください。カッコはちんこ寺による注釈です。


「日本」に寄稿してくださるみなさまにお願いがあります。みなさまの多数の投稿のお陰で(病に臥せっている)私の枕元には、この冬の分だけで一万句もの俳句をお送りいただき非常に感謝しております。

 しかし、みなさまの投稿を読むと、数が多い割には良い作品が少ないので、せっかく投稿してくださっても(掲載基準に達しないものがあまりに多いため)投稿分だけで俳句欄をうずめることができない場合も少なからずあります。掲載基準を書くと、十句のうち一句以上を掲載できるのはペンネーム「格堂寒楼」さんたちで、そのほかは百句のうち一句も掲載できないような人もいます。最も多く投稿しているペンネーム「八重桜」さん(スパマー)は、季節ごとに数千句を投稿していて、一題につき二十〜四、五十句にも及びます。しかしその作品を見ると、ありきたりでつまらぬ作品もパクリも構わず送ってきており、ちょっと迷惑です。

 また、一題につき百句などたくさん送って下さる人もいます。一題につき百句を作るのは初心者の練習用にはいいと思うのですが、その中から良い作品を抜き出すのは非常に難しいです。ましてそのお題がコタツ、頭巾、火鉢、フトンのたぐいであった日には、読まなくてもダメだろうなというのは分かります。だから私はそういう場合、最初の十句くらいを読んでその中に良い作品が無ければ残りもダメだろうと思って捨てることにしています。

 私も年々からだが弱ってきているわけですから、二十句の良い作品を得るために千句以上を選考しなければならないとなると、到底心も体ももちません。ですから、何とか自分で取捨選択してから投稿してください。ほんとに頼みます。以上。

 酷いものです。内容の無いブログの検索トラックバックスパムやコメントマルチポストスパムを連想しました。雑誌「日本」への投稿は相手が一人であり、検索トラックバックスパムやコメントマルチポストスパムは相手が複数であることに違いがありますが、基本的に相手の迷惑を考えず、楽していい思いをしたいという根性に、明治時代の一部投稿職人と平成のスパマーの相似を見つけました。

 このころ正岡子規は結核やその他の合併症で寝たきりになり、苦痛で夜も眠れない日々が続いていたようです。それを八重桜みたいなスパマーへの対応で貴重な時間が削られていたのだと考えると、本当にスパマーという奴を許せなくなります。もしスパマーからの投稿を選別して捨てる時間を他の著作の執筆活動に費やしていたら、正岡子規の著作が一つくらい増えていたかもしれません。そう思うと、スパマーは文化活動に対する大罪人であり、本当に許せません。



■墨汁一滴は非常に面白いエッセイです

 最後に、良質の著作のうちのつまらない部分だけ取り上げては正岡さんに申し訳ないので「墨汁一滴」の宣伝をします。
 「墨汁一滴」は、スパマーへの苦情みたいなのがだらだら書いてあるエッセイではなく、鋭い感性と自然な明るさに満ちた素晴らしいエッセイですので、是非読んでみてください。本当にこれが死病に冒された人間が書くものなのかと思うくらいな不思議な明るさと透明感があり、正岡子規というひとりの人間の強靭な精神を感じることができます。青空文庫に全文が載ってますから、興味あるひとは是非読んでみてください。自信をもってお勧めします。
posted by ちんこ寺 at 21:57 | Comment(0) | TrackBack(1) | 博物誌 b_entry.gif

2006年03月16日

再びきょうからぼくはうたよみになりました

■ソロモンよ、私は帰ってきた

 はてなブックマーク‐不備日報: きょうからぼくはうたよみになりましたのid:yumizouさんのコメントが面白かったので、それに答えます。以下、id:yumizouさんのコメント。
正岡子規が好きなのに短歌。僧正遍昭「おとめのすがたしばしとどめむ」らしき部分はカットして、「早春の」を「早乙女や」とかにしたらいかが?(女のコ、若くなっちゃうけど)
 正岡さんは俳句のイメージが強いですね。でもよくよく見ると俳句も短歌も両方ともやっていて、他にエッセイもたくさん出しています。私は今「墨汁一滴」というエッセイを読んでいるのですが、かなり面白いです。短歌論や自分の人生についてといったものから、朝風呂禁止論や漢字の誤字の指摘など、じつに多彩な内容で、この人まじめくさった顔写真で損しているなと思えるほどです。

 僧正遍照の件は大きな声で言わないでください。インスパイアされまくった事がばれてしまうではないですか?また、早春についてはさっきの記事に書いたとおり、気に入りません。早乙女やはさらに気に入りません。気取っているようで嫌です。これは私の好みです。
 また、下の句ははずせません。なぜならば、この歌の本来の趣旨は、nanaさんの「全裸」発言で受けた劣情をゆがんだ形で発揮するものだからです。字面だけ見ると露出狂かストリーキング愛好者のようですが、実はマゾの歌なのです。夜風にちんぽこをなぶらせながら女性をみつめる変質者の歌を詠んだ私は、同時にそれを読んだnanaさんに蔑みの目で見られる自分を想像することで救いを得るのです。そういう歌なのです。視姦する男の姿を読姦してもらいたいという、そういう歌なのです。

 また、この記事のタイトルのつけ方は、正岡さんの「歌よみに与ふる書」からインスパイアされまくった事を表明いたします。
posted by ちんこ寺 at 01:00 | Comment(7) | TrackBack(0) | 博物誌 b_entry.gif

2006年03月15日

きょうからぼくはうたよみになりました

■連絡事項
 BLOG STATION:・.。.*nana専用 *.。.・という記事があるのですが、nanaさん専用記事にもかかわらず、コメントを入れてしまいました。管理人のKenさん、コメントをしてしまってすみませんでした。



■本題:nanaさんのお陰で歌を詠むことができました

 さて本題です。正岡子規が好き。調子に乗って歌を作りました。

「半裸にて仁王立ちしたるを詠める」

早春の夜風にちんぽこなぶらせて
おとめのすがたじっとながめる

 この歌は、最近正岡子規の「歌よみに与ふる書」を読んで感銘を受けていたところ、利用規約を作りました。のコメント欄において、現在大人気のnanaさん(こちらも参照)の「全裸」発言を受けて詩想が沸き、にわか歌人気取りになって作ったものです。
 この歌を評するに「ちんぽこ」の四文字は動かしがたく「なぶらせて」につづく部分の力強さは表現できたのですが、他の句が軒並みだめです。そこで、すごく悔しいので、推敲してましな歌に改造してやろうと思ったのが、この記事の趣旨です。以下、推敲していきます。



■上の句の「早春」が理屈めいていてつまらぬ

 上の句の「早春」とやってしまったのは、非常に悪いです。ちんぽこ以外は全体的にインパクトが薄い歌であるのに、冒頭で「早春」などという重く、あまり使わない言葉を持ってきてしまったのは、ちょっとかっこつけてやろうという見栄をにおわせるのみで、全くよろしくありません。
 この歌の趣旨は、ちんぽこを風になぶらせる解放感にあるのですから、無理に季節感など出さなくても良いのです。外でちんぽこ出してるくらいだから少なくとも冬じゃねえなくらいの推測で十分なのです。
 そこで、本来の趣旨である「解放感」や「心地よさ」を素直に詠もうと思いました。

「心地よい春の夜風に」
あるいは
「心地よい夜風に」


■下の句の「じっと」をいじくりたくなってしまった問題

 下の句は直前の句「ちんぽこなぶらせて」に比べるとインパクトが弱いような気がしました。そこで、「じっと」を「じっとり」に代えてみました。

a おとめのすがた じっとながめる

b おとめのすがた じっとりながめる
 「じっと」を「じっとり」に代えたことで、スケベ親父が嘗め回すような目で「乙女」を見ているという情景になり、インパクトはましましたが、肝心のちんぽこを風になぶらせる解放感が感ぜられなくなってしまいました。
 また「じっと」が一心不乱に見るイメージであるのに対し、「じっとり」は恥も外聞も無くただ己の欲望をむき出しにしているだけのイメージであり、歌全体の雰囲気に合いません。

 やっぱり「じっと」のまま代えないことにしました。



■ながめるをどうにかしたい

 下の句の「ながめる」ですが、何となく弱いような気がしました。上の句が強い分、末尾が弱いと頭でっかちのバランスの悪い歌になってしまいます。そこで「ながめる」の代わりに「みつめる」を使ってみました。

a おとめのすがた じっとながめる

a おとめのすがた じっとみつめる
 調子が少し強くなりました。また「ながめる」は焦点をあまり定めずにぼんやり見るイメージであるのに対し「みつめる」は一点を集中して見るイメージであり、直前の「じっと」のイメージとも良く合います。
 まだ上の句が強い感がありますが、これ以上いじると収拾が付かなくなるのでやめます。



■さあ、どうなったか比べてみましょう

【推敲前】
早春の夜風にちんぽこなぶらせて
おとめのすがたじっとながめる

【推敲後】
心地よい夜風にちんぽこなぶらせて
おとめのすがたじっとみつめる
相変わらず凡庸な歌ですが、理屈っぽい見栄から来る嫌味さや、上の句が重たすぎることより来る頭でっかちなところは、ましになったと思います。
 しかしながら、この程度で満足していてはどうにもならんので、もっと激しく下らない歌をこれからも詠んでいこうと思います。



■最後に

 せっかく歌を作ったのでBLOG STATION:ブログ句会・7にトラックバックします。歌じゃなくて俳句だろ向こうはと思ったのですが、俳句と歌はまるっきり別物だけれども日本発の定型詩という共通点があるので、まあいいだろうと思いました。
 また「ブログ句会・7」の中で、これはいい作品だと思ったものを選んで講釈を垂れます。

ちんこ寺選:熱燗が冷めぬ間に一句詠む Ken
これは本当にいいと思います。わかりやすくてすんなり頭に入ってくる上に、情景がすぐに浮かんでくるし、冬を連想させるのに熱燗を持ってきたのが秀逸です。熱燗の喉を通る時のあったかさを連想することで冬をより一層強く感じます。
 また、みんなで熱燗をすすり鍋をつつきながら、わいわいがやがや句会をやっているような、楽しげなイメージが強く残ります。
 この作品が良すぎて、他の作品の印象が吹っ飛んでしまいました。それくらい良かったです。



posted by ちんこ寺 at 21:54 | Comment(2) | TrackBack(2) | 博物誌 b_entry.gif

2005年11月22日

ブログで文章を読ませる101のコツ

001.書き出しのコツ:人の注意を引いたり、議論を呼びそうな言葉を使いましょう。
002.段落のつけ方:一段落にたくさんの意味を詰め込み過ぎないように注意しましょう。
003.表現の工夫:格言や慣用句を有効に使い、あきさせない文章にしましょう。
004.ほのめかし:直接的な表現だけでなく、余韻の残るような文章を書きましょう。
005.倒置法:読者に深い印象を与えるために使うのだ、倒置法を。
006.推測:もうそろそろみんな読んでないだろ。そうに違いない。
007.先生それは違うと思います。僕は下線部が3段落目ではなく4段落目に……。
008.とりあえず、まだ文章の長さは一定に保っておく必要がある。なぜならば、
009.あまり短い文面だとそこが目立って、いんちきを書いていることがばれるからだ。
010.また、途中で適当にもっともらしい文面を入れておくとなお良い。たとえば下記。
011.記法の統一:ですます調と「だ、である」の統一と一人称の統一が不可欠です。
012.最近宇宙ヒッチハイクガイドをアマゾンで買ったんだけど、この本すごく面白いよ。
013.まあ、あれだ、お前の言いたいことも分からないでもないけどさ。
014.ポストモダン主義の本質を一言で言い表すことは難しい。なぜならば…続く。
015.盗むな、傷つけるな、殺すなの法三章のみとする。
016.どっちにしろあと80個以上書かなきゃいけないんだろ。ふざけんなよまったく。
017.マーシャル・マクルーハンは本当に凄い人だと思う。この人の本もっと読みたい。
018.しまった、はてなブックマークで補足されたら、キーワードが浮かび上がってきて、
019.ここら辺のいんちきがばれてしまう。どうしよう。せっかくここまで書いたのに。
020.まあいいや。なるようになるさ。そう思うだろ?そうなって欲しいし、そうなるべきだ。
021.スヴォーロフ元帥は、軍事的指導者としてはナポレオンに匹敵する。
022.ひさかたのひかりのどけきはるのひにしずこころなくはなのちるらん。
023.ジョン万次郎は、海難事故で遭難後、運良く拾われてアメリカにわたりました。
024.よっぽどのことが無い限り、あなたの与太話は間違っていると思いますよ。
025.起承転結をはっきりさせる事。この基本に沿えばわかりやすい文章に。
026.起:人に読まれる文章を書くとは具体的になんなのでしょう?考えて見ましょう。
027.承:読まれる文章を書くときに注意しなければならないことは、起承転結が鮮明に…
028.転:やめだやめだ、読まれる文章とはとか、ハウツーに頼ってるようじゃだめだよ。
029.結:結局人に読まれる文章を書くというのはどういうことか分かりませんでした。
030.たまにはまじめにやろうと思ったんだ。偉いでしょ。やっぱだめですか?
031.そういえば私は坂口安吾のひねた文章が大好きです。なんかすきなんだよな。
032.ダグラス・アダムスも好きです。あそこまで不条理を展開するのは天才です。
033.今日もまたトラックバックのスパムが来たので悪態をつきながら消しました。
034.夕ご飯は中華風肉野菜炒めと雑穀入りご飯を食べました。おいしかったよ。
035.おいもう11時過ぎだぜ、まだ35かよ。本当にうんざりするぜ。disgustingだぜ。
036.名探偵コナンの最終回が夢オチならいいな。親に相手にされない孤独な少年の
037.白昼夢なの。ラン姉ちゃんも毛利のおっさんもコナン君の頭の中にしかいなくて
038.あの人たちはコナン君が思い描く理想の家族像なの。悲しい物語だよね。
039.突然ですが私は「良識」という言葉が嫌いです。廃止しろと心から思う。
040.この書き方読みづらいでしょ。どうしてこうしているかというと、いんちきが
041.ばれないようにしたいから。最初の方だけまじめに書けば不注意な人は気づかず
042.生命、宇宙、そして万物に対する究極の答え
043.(041の続き)ああ、この書き手は貴重な時間を割いて文章の書き方を知らせて
044.くれているんだなと勘違いして感謝くれるんじゃないかと思ったわけです。
045.ここまで読んでくれた人は本当に忍耐強くて、寛容で、優しい人だと思います。
046.ちょっとほめすぎたか。でもこんな目がちかちかする物を書いた私は悪いです。
047.今風呂に入ってきました。心も体もリフレッシュ。これは文章を書くときに重要。
048.やっぱり何かに煮詰まったり壁に当たったときは風呂に入って心機一転が一番。
049.注意:次の050はまじめに書きます。キリのいい数字だけ読む人がいるからです。
050.共感の喚起:読ませるためには、誰しもが同意できる要素を用意すべきです。
051.整合:人は文章を読む際にその前後を読みます。前後の文脈の整合性に注意。
052.あ、049もまじめにやるべきだった。でも過ぎたことは仕方ない。前向きに行こう。
053.私は外国のビールが好きです。前の家の近くにビール専門店があって入り浸って
054.いたからなんですが、外国のビール(特にヨーロッパ)は奥が深いですよ。
055.アサヒ、サッポロ、ヱビスでおしまいではなくて、何百種類のビールがある。
056.私のお気に入りはシメイ・ブルーです。3年物が一番おいしいみたいです。
057.西洋のビールは、ワインのように寝かせることでいい味を出すものがあるんです。
058.みなさんも、西洋のビールの奥深さをぜひ試して下さい。後悔はさせません。
059.この項目は無断リンク禁止です。なんとなく言ってみたかったんです。
060.せっかく風呂に入ったのに、もう何を書くか悩み始めました。まったく困り者です。
061.スターウォーズの新三部作は気に入りません。普通のSFとしては面白いのかも
062.知れないけれど、旧三部作と比べると見劣りする。あとCGの使いすぎだよ。
063.殺陣も劣るな。ただ光る棒切れを振り回してるだけに見えるのが残念。
064.まともな立ち回りを見せたのはダース・モールの人だけじゃないかなと思う。
065.正解は、三浦安針でした。
066.狂器の包丁や鍵などが、近くの森林で見つかりました。
067.辞表を提出して自宅謹慎中で、ストレスが溜まっていたと話しています。
068.滝川クリステルは独特の気品を醸していると思う。実際どうなのか知らんが、
069.テレビ画面でああやってオーラを発することは大変なことだと思うよ。
070.その点下手な人気タレントよりもよっぽど「テレビ向き」なんじゃないかな。
071.地図を作成してる人は偉いと思う。多分気の遠くなる作業をしてるんだろうな。
072.ちょっと前の話だけど、ipodの一ヵ月後に新作出すのはずるいと思う。
073.なりふりかまわずと言う感じでえげつないなあ。王者には王者の戦い方をして
074.欲しいです。本当におねがいします。ここで言っても詮無いことだが。
075.よし、4分の1終わったぞ。絶対やり遂げる、最後までやってみせる。
076.のどごし生。キリン一番しぼり。ウォークマンコネクト。瞳に潤い。
077.ここからは、ごらんのスポンサーがお送りします。
078.オモコロっていうサイトがあるが、そこの取り組みは評価すべきだと思う。
079.ここのブログのリンクから飛べるので、ぜひいってみてください。
080.サイン、コサイン、タンジェント。42°。42℃ではない。
081.NHK教育で深夜にやってる放送教室等の番組は、下手な人気番組より面白い。
082.おい、もう日付が変わってしまったよ。今日中に仕上げようと思ってたんですが
083.すみません、なにぶん風呂に入っていたもので…。いいえ、サボっていたなんて
084.とんでもございません。こうして一生懸命働いておりますです、はい。
085.カルロス・ゴーンがテレビに出てる。相変わらず元気だなあ。
086.次は87です。この数字のおかげで沢山の人が来てくれました。大感謝です。
087.87
088.思い出深い数字なんですよ。だから目立つのを覚悟で↑みたいにしたんです。
089.作業員が安易にやっとったという反省はあります。
090.スヌーピーって優れたマンガだと思う。シュルツっていう人は優れた文学者だった。
091.華氏451はいい作品だと思いますよ。華氏911の題名はパロディとして不出来。
092.浜離宮です。間違いありません。浜離宮でした。新宿御苑でもあります。
093.正しい文章を書くためには体を鍛える必要があります。ヨーガを推奨します。
094.歩くのは大変です。右足を出せば次は左足を出さなければならないのですから。
095.汝病めるときも健やかなる時もアンジェリーナ・ジョリー。何か混ざりました。
096.甘い初恋の思い出。浜辺を走る二人、遠くで銃声。太陽がまぶしかったから。
097.もうそろそろまじめに書かなくては。最初と最後だけ読む輩がいるからだ。
098.推敲:何度も読み直し推敲することで、客観的な視点で文章を見直しましょう。
099.名文に触れる:古今の名文をひたすら読み親しめば、自身の文章も磨かれます。
100.傾聴する:批判や意見は真摯に受け止め、内省し、次の文章に生かしましょう。
101.結び:汝自身を知れ。己の本性を知り、それに逆らわずに文章を書きましょう。

ソレデハミナサン、アテブレーヴェ、オブリガート。
posted by ちんこ寺 at 00:21 | Comment(6) | TrackBack(1) | 博物誌 b_entry.gif

2005年10月23日

我らが栄光の数字 87

■前回の記事、87様への謝罪と訂正で約束したとおり、「87」を讃える記事を書こうと思います。


■87問題をめぐる経緯
最近ふと疑問に思ったことについて調べた

87様への謝罪と訂正

当記事「我らが栄光の数字 87」


■87の栄光
ここからは、87に関する記述をピックアップしていくことで、87がいかに重要な数字であるか、いかに私たちの生活に無くてはならない貴重な数字であるかを浮き彫りにしていきたいと思っています。


■87にまつわる豆知識
・日本国第87代内閣総理大臣は小泉純一郎氏(ウィキペディアより)
・日本テレビ系でドラマ「87%」放映(日本テレビ公式サイトより)
・エド・マクベイン「87分署」シリーズ


■87にまつわる歴史
紀元前387年
プラトン、アカデメイアを創設。
ケルト人、ローマ侵攻。ローマ市街は破壊され、ローマは陥落寸前まで追い込まれました。

紀元前87年
前漢帝国武帝崩御
前漢帝国最盛期を現出した強力な皇帝が崩御されました。

587年
蘇我馬子が仏教受容反対派の物部氏を滅ぼす。
仏教の受容は当時の日本の対東アジア外交政策にとって重要な決断でした。

987年
ユーグ・カペーがカペー朝を開く
現在のフランスの原型となる王朝が出現しました。

1587年
スコットランド女王メアリ・スチュアート処刑
この事件はアルマダ海戦→イギリスの覇権確立につながり、非常に重要です。

1687年
生類憐れみの令
史上まれに見る悪法の施行。(ここまでウィキペディアより)

1987年
ドラゴンクエストU、ファイナルファンタジー発売。
ファミコン業界、黄金時代へ。


■日本を守る戦力としての87
87は歴史上重要な数字であるだけでなく、現在も陸上自衛隊の戦力として活躍しています。

87式偵察警戒車(Weapons Free!より)

87式自走高射機関砲(Weapons Free!より)


■総括
以上のように、87は人類の歴史上、隠然たる影響力を持ち続け、現在も日本国の防衛力に入り込むなどの健在ぶりをアピールしています。

また、郵政民営化問題、靖国参拝問題など話題に事欠かない小泉純一郎総理が日本国第87第総理であることも厳然たる事実です。あんなに派手な人の背後関係に87が控えているとは、私も調べてみるまでまったく検討もつきませんでした。

このように87は地味な数字ではなく、有史以来歴史に干渉し続け、現在の日本において絶大な影響力を保持している数字です。決して「影の薄い」というものではありません。


最後に、各方面で87を取り上げていただいた皆様に感謝いたします。皆様のおかげで、当ブログが間違った記事を書いてしまった87についての世間の関心が高まり、87はすでに影の薄い数字ではなくなっているという感触を得ています。これもひとえに皆様のおかげでございます。
87に成り代わりまして、厚く御礼申し上げます。

この記事を持ちまして、87に関する話題を終了いたします。皆様ありがとうございました。
posted by ちんこ寺 at 12:31 | Comment(6) | TrackBack(0) | 博物誌 b_entry.gif

2005年10月21日

87様への謝罪と訂正

■謝罪と訂正
前回の記事:最近ふと疑問に思ったことについて調べたの内容につきまして、重大な事実誤認があったことを報告し、ここに謝罪いたします。

「0〜100までの数字で、87が最も影の薄い数字である」と言うのは誤りであり、事実と反しておりました。正確には、

「2005年10月20日の段階で、0〜100までの数字で、最も影の薄い数字は87である」

こちらが、正しい記述となります。間違いを訂正し、87様に対し深く謝罪いたします。


■経緯
10月20日夜
私は、最も影の薄い数字はなんだろうという着想をもとに、某検索サイトのヒット数から、最も影の薄い数字を決定し、ブログの記事にしようと決意しました。

10月21日19時ごろ
通常の3倍以上のアクセスに驚きリファラを辿ったところ、まなめはうすぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWSより、87様への謝罪要求が出されていることを確認いたしました。このとき、よいツッコミをいただいて「謝罪文」という形の記事を書けるなと思い、不謹慎にも大喜びしてしまったことを白状いたします。

10月21日19時30分ごろ
なんとなくもう一度某検索サイトで87を検索してみようと思い検索したところ、150,000,000件という数字を確認いたしました。そして同検索サイトで86が134,000,000件、88が138,000,000件であることを確認、前回の記事が誤りであることに気づきました。そして、本当に真摯な気持ちで87様に対する謝罪をしなければならないと決意いたしました。

以上の経緯で、現在、謝罪と訂正の記事を書いている次第でございます。


■今後の対応について
まず、事実誤認の記事を書いてしまったことへの謝罪をするとともに、次の記事で87様を讃える記事を書き、87様の名誉回復に全力を尽くします。
そして、当ブログタイトル下部に、「87は最も影が薄い数字ではありません」という記述を掲載いたします。

以上の対応をもって、87様の名誉を回復し、誤った風説の流布を防止したいと考えております。また、このような事実誤認を起こさないよう、最大限の注意を払う所存でございます。

87様には、大変ご迷惑をおかけいたしました。重ねてお詫び申し上げます。
posted by ちんこ寺 at 21:39 | Comment(15) | TrackBack(0) | 博物誌 b_entry.gif

2005年10月20日

最近ふと疑問に思ったことについて調べた

■ついさっき、「数字の中で一番影が薄いのは何だろう?」という疑問が沸き起こった。

1とか3なんかはよく見かけるし、7はラッキーセブンの7だし、13はゴルゴで有名、地味な数字といったら6とか?17とか?いや待て、思い切って62はどうだ?……どうでもいいことなのだが、考えれば考えるほど気になって仕方が無いので、調べてみることにした。


■ためしに0〜100までの数字をGoogle様にかけて検索したところ、下のような結果になった。今回の調査では、0〜100までの数字で、Google様のヒット数がもっとも少ない数字を「影の薄い数字1」とする。
なお、100までしか数えなかったのは、途中から飽きたという理由もあるが、一番の理由は、1000くらいまでだらだら書き連ねたら自分の神経がやられてしまうのではないかと、恐怖を抱いたからだ。


0 1,090,000,000件
1 5,130,000,000件
2 3,180,000,000件
3 3,250,000,000件
4 2,470,000,000件
5 2,930,000,000件
6 2,400,000,000件
7 2,340,000,000件
8 2,270,000,000件
9 2,190,000,000件
10 2,640,000,000件

11 1,790,000,000件
12 2,280,000,000件
13 1,680,000,000件
14 1,710,000,000件
15 2,120,000,000件
16 1,580,000,000件
17 1,520,000,000件
18 1,310,000,000件
19 1,410,000,000件
20 1,650,000,000件

21 1,360,000,000件
22 1,310,000,000件
23 1,230,000,000件
24 1,470,000,000件
25 1,410,000,000件
26 1,020,000,000件
27 1,160,000,000件
28 1,170,000,000件
29 1,140,000,000件
30 1,890,000,000件

■1〜30 「黄金時代」
30までの数字は軒並み10億件以上のヒットをたたき出し、「影が薄い」どころではなかった。そこで、1〜30を「黄金時代」と名づけることにする。
特筆すべきは「6」の活躍で、ヒット数だけ見れば「7」の上を行く人気ぶりである。
また、予想通り1〜10のヒット数が高い。両手の指で数えられる数だからという分かりやすさが勝因ではないかと考えられる。「0」は意外にも低迷。「0」そのものが高度に抽象的な概念であり、指で数えられないというのがその原因ではないか。

31  983,000,000件
32  622,000,000件
33  457,000,000件
34  420,000,000件
35  417,000,000件
36  419,000,000件
37  385,000,000件
38  384,000,000件
39  450,000,000件
40  722,000,000件

41  388,000,000件
42  390,000,000件
43  366,000,000件
44  463,000,000件
45  509,000,000件
46  352,000,000件
47  280,000,000件
48  321,000,000件
49  368,000,000件
50  978,000,000件

■31〜50 「中興の祖 50」
31以降、10億ヒットを超えることはなく、急速にヒット数を落としはじめた数字だが、ここで「中興の祖 50」が現れる。それまで3億ヒット台、下手をすれば2億ヒット台に落ち込んでいた数字を、10億ヒット手前にまで押し上げた偉大な中興の祖である。
「50」の功績は、東ローマ帝国のユスティニアヌス帝や、漢帝国の武帝と並び称されてもよいほどの快挙である。しかし「50」経過後、2桁の数字の中で10万ヒットに迫るものは現れず、「影の薄い数字1」へのデッドヒートが繰り広げられることになる。

51  348,000,000件
52  338,000,000件
53  255,000,000件
54  261,000,000件
55  379,000,000件
56  317,000,000件
57  246,000,000件
58  296,000,000件
59  248,000,000件
60  532,000,000件

61  183,000,000件
62  163,000,000件
63  158,000,000件
64  269,000,000件
65  251,000,000件
66  194,000,000件
67  175,000,000件
68  147,000,000件
69  174,000,000件
70  346,000,000件

71  149,000,000件
72  168,000,000件
73  138,000,000件
74  136,000,000件
75  238,000,000件
76  173,000,000件
77  180,000,000件
78  167,000,000件
79  135,000,000件
80  511,000,000件

■51〜80 「斜陽の時代へ」
この時期になると「中興の祖 50」が迫った10億ヒットの壁に挑戦できる数字はひとつも表れず、1億ヒット代にまで落ち込む「斜陽の時代」を迎える。しかし、60、70、80といった区切りのいい数字は、なお30〜40近辺の区切りの悪い数字に拮抗するヒット数をたたき出し、「影の薄い数字とは言わせぬ」という意地を見せ付けた。

81  174,000,000件
82  136,000,000件
83  132,000,000件
84  135,000,000件
85  165,000,000件
86  160,000,000件
87  126,000,000件
88  164,000,000件
89  155,000,000件
90  338,000,000件

91  138,000,000件
92  139,000,000件
93  161,000,000件
94  164,000,000件
95  237,000,000件
96  187,000,000件
97  161,000,000件
98  272,000,000件
99  269,000,000件
100  960,000,000件

■81〜100 「87の台頭 そして3桁へ」
80を越えるあたりから、いよいよ「影の薄い数字1」有力候補が出揃う。79、82、83、84など、確かになんとなく影が薄そうな、錚々たる面子である。しかし、これらの数字も「87」にはかなわなかった。「87」は候補の中で断トツの低ヒット数をたたき出し、はじめての1万3千ヒット割れを引き起こしていた。「87」以後、1万3千ヒット割れを起こすような数字は現れず、ここにおいて「影の薄い数字1」は文句なしで「87」に決定。長い戦いの記録に終止符が打たれた。


■結び 「七歩詩」

七歩詩 曹植

煮豆持作羹   豆を煮てスープを作り
漉[豆支]以爲汁 つぶした豆を漉して汁にする
箕在釜下燃   豆ガラは釜の下で燃え 
豆在釜中泣   豆は釜の中で泣く
本是同根生   元々同じものから出た兄弟なのに
相煎何太急   なぜこんなにも急に煎られなければならないのか

「評」
太史公曰く、あらゆる数字はもとより等価であり、貴賎の差などありはしない。しかし最もヒット数の多かった「1」と影の薄い数字1である「87」との間には優に50億ヒットの差がある。ましてや725415682のような数字にいたっては検索に引っかかりもしない。
元々同じ数字であるはずなのに、この差は何であろうか?
影の薄い数字の無念を慰めるには、三国時代を生きた詩人曹植の「七歩詩」がふさわしい。




※追記:10月23日現在
当記事の、
■81〜100 「87の台頭 そして3桁へ」
の記述の中で、「1億3千万ヒット割れ」と書かなくてはいけないところを、「1万3千ヒット割れ」と誤記しておりました。指摘して下さったゴルゴ87さん、ありがとうございます。
誤記の原因は、私が億単位の数字に慣れていないのでうっかり間違えてしまったからです。指摘が無ければこのまま気づかないままでした。危ないところでした。

訂正
○1億3千万ヒット割れ
×1万3千ヒット割れ

もうひとつ訂正
二番煎じさん、ありがとうございます。
31〜50
○10億ヒットに迫るものは現れず
×10万ヒットに迫るものは現れず
posted by ちんこ寺 at 23:43 | Comment(18) | TrackBack(7) | 博物誌 b_entry.gif

2005年09月04日

牛は倒れているわけではないし、ましてや落ちているのではない 空間認識にまつわる話

最近読んだ記事の中で気になったものについて書きます。

ホットワイアード:研究報告「東洋人と西洋人は世界の見方が異なる」

この記事が非常に面白かったです。

この実験によると、同じ絵を見ても東洋人は背景や全体をより注意して観察し、西洋人は背景よりも前景として描かれているものから注意して見る傾向があるようです。

なんか自分が無意識に課している思考の枠を改めて意識させてくれたような気がしました。


■最近読んだ「マクルーハン理論―電子メディアの可能性」という論文集のような本の、「先史時代の空間概念」(S.ギーディオン)という論文では、同じヨーロッパ人でも現代人と先史時代の人とではまるっきり空間概念が違うということを言っています。

具体的に言うと先史時代の壁画を題材に、先史時代の人たちが私達現代人といかに異なった空間認識を持っていたかが論じられています。

私達は絵を見るとき、たいていは自分から見て下が地面、上が空という認識で見ます。
↓こんな風に。
lascaux.gif


そして、下のような絵を見ると、私達は
「ああ、これは牛が倒れている、あるいは転落している絵だな」
という風に認識します。
lascaux02.gif

しかし、ギーディオン氏によると、先史時代の人は必ずしもそういう認識をしないということらしいです。
つまり、先史時代の人たちは、上下左右の整合性を考えずに絵を描き、見るので、牛がさかさまになっていても、それは倒れている、転落している、そういうことを表しているとは限らないということらしいんです。

なんでも、先史時代に近い生活習慣を維持しているエスキモー(今はイヌイットというようです)は、現代の「垂直、水平面を考慮して物を見る」ことをしないようなのです。

以下、引用。
アイビリク・エスキモーに写真を裏返しに渡しても、彼はそれをひっくりかえそうとはしない。エスキモーの子供たちは紙の上に絵を描いてまだ紙が足りなければ、裏側に残りの部分を描く。(中略)彼らは「形が牙の端に来るまで描きつづけ、それからその牙をひっくりかえして、反対側にその形を完成させるという癖」をもっている。
(マクルーハン理論―電子メディアの可能性 2部4「先史時代の空間概念」 P227)

引用ここまで。

また、先史時代の人たちは時間の枠にもあまり縛られていなかったようで、一つの洞窟壁画が完成するまでに3万年近くかかったものも多いそうです。先史時代の人は、遠い昔に誰かが描いた絵の隣に、何のためらいもなく自分の絵を描いたりしたそうです。
上の図でたとえれば、紀元前28114年に先史時代人Aさんが書いた牛の隣に、紀元前9868年の先史時代人Bさんがイカを描いた、というような例がざらにあるということです。もしかしたら、「絵を完成させる」という概念を持っていなかったのかもしれません。


■上の二つのテキストを読んで、自分が無意識的にいろんなものさし(文字、時間、ディスプレイ、紙、羅線、コメント欄…等々)に拘束されていることに気づき、なんとなくへこみました。
「今自分が気づいていないことは何か」
「今自分が見ていない(聞いていない)ことはなにか」
こういう視点で見ていくと、新しい発見が足元にごろごろ転がっていることに気づいて愕然とするかもしれないと思いました。
posted by ちんこ寺 at 23:53 | Comment(0) | TrackBack(1) | 博物誌 b_entry.gif

2005年07月30日

自由研究 スパマーの観察

1 スパマーとは

スパマー(spamer)は、チンパンジーと同じPan属に分類される類人猿です。人類と同じように直立歩行し、他の類人猿と比べて高い知性を持っています。

スパマーの存在が明らかになったのは1928年、博物学者ジョン・H・セラーズの探検隊による発見でした。現在スパマーはコンゴ川流域に生息していますが、森林伐採や乱獲によって、その数を減らしつつあります。

p-fem2.jpg
上図は直立歩行するスパマー。



2 スパマーの生態

スパマーは人類以外で唯一、繁殖以外に性器を使用する動物といわれています。両性間の交尾はもちろんのこと、雌同士の性器のこすりつけ行為(ホカホカと呼ばれています)、雄同士の尻つけ行為など、性的な行動のほとんどが、日常的な挨拶や社会的な緊張緩和の行為として行われています。

繁殖以外の目的で性器を使用する例は他に発見されておらず、非常に貴重な例であるといえます。

RRcontact.jpg
上図は雄同士お尻をくっつけあうスパマー。



3 スパマーの知性

スパマーの知性は他の霊長類と比べると高く、人類の小学校低学年程度の知性を持っているといわれています。

米ジョージア州立大学言語研究所のスー・サベージ・ランボー博士らの研究によると、スパマーは以下の行為をとることができると言われています。

・薪を集めてライターで点火し、焚き火をする。

・焚き火で用意されたハンバーグを焼く。

・水道を使って鍋に水を入れ、インスタントラーメンを作る。

・特殊なキーボードを使い、人間にスパム(迷惑メール)を送る。

・ルールを正確に理解し、スパム(迷惑メール)で遊ぶ。



以上が、現在までに調べることのできたスパマーの生態です。今後も、調査研究を続けていきたいと思います。


参考文献
ウィキペディア
IT用語辞典
posted by ちんこ寺 at 01:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 博物誌 b_entry.gif

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