2006年08月24日

子猫殺しに関するサド侯爵の見解

 坂東眞砂子さんの「子猫殺し」の話をサド侯爵が聞いたらこんな風に言うだろうかと想像してこの記事を書きました。



■序

 余の理想とする背徳的国家を作り上げた偉大なる日本国民に申し上げたい。いまや日本国にはあらゆる性癖を持つ市民を慰安する施設を国中に建設し、レンタルビデオ店等にはあらゆる性癖を持つ市民の慰みとなるべきビデオ作品が流通している。また、最近ではほぼすべての市民に対して猥褻図画を無料配布する目的を持つインターネットの普及がすさまじい。そしてこのインターネットの副次的効用として歓迎されるべきことは、古い道徳において背徳あるいは悪徳とされてきたところの姦淫、窃盗、誹謗中傷、強姦、堕胎、殺人といった問題の真剣なる検討が行われていることであり、これは非常に歓迎すべき行いである。
 諸君日本人が真に戦闘的な愛国者たらんとすれば、天然自然の理にのみ耳を傾け、自らの欲望の赴くままに悪徳の限りを尽くし、古ぼけ苔むした美徳を嘲笑し、真の愛国者たる原理に基づいて行動すべきであると信ずる。然るに余の敬愛してやまない日本人の中に、未だ唾棄すべき古き悪しき美徳に縛られている輩が多いということを肝に銘じねばならない。我々真の愛国的なる市民の務めは、そのような迷信と古い美徳の監獄の闇の中に閉じ込められている同胞の魂を救い出し、ともに革命の完成を目指す同志として迎え入れることである。



■諸動物に対する殺害行為について

 諸君日本国民の同胞を救いがたい迷妄の監獄の中に閉じ込めている根源たる古ぼけた美徳の主犯者の一つに慈善というものがある。このおどろおどろしくも獰猛な龍の如き害毒が恐怖の首をもたげたのが、最近話題の作家による子猫殺しである。おお、諸君よ、願わくばこの恐ろしき慈善の害毒のくびきを自ら断ち切って、真の自由なる国民として再生せよ。
 さてこの子猫殺しの話には幾多の疑問が生じる。
その一 この行為は自然の唯一の法則に鑑みて犯罪といえるか?
その二 作家はこの行為の持つ意味を正しく理解しているか?
その三 この行為は社会に対して犯罪たりえるか?
その四 この行為は弾劾されるべきか否か?
 これら四つの疑問を、余は一つづつ別々に、検討して行こう。まずはその一、子猫殺しは自然の理から見て果たして犯罪たりえるかということである。
 まず自然の理とは何であるか。この問題を検討する鍵は、その存在が自然の役に立つ存在であるか否かにかかっている。そこで余が諸君に聞きたいのは、いったい生まれたばかりの子猫が自然に対してどれだけの価値を生み出しているだろうか?一歩話を進めて自然に貢献する材料は何であるか?生命の誕生を導き出す元素は何であるか?それらはほかの生命の破壊の上に成り立つものではないのか?もしもすべての生命が永久不変で何からも生み出されずまた何も生み出さなければ自然の介入する余地はなくなってしまうのではなかろうか?もし生命の永久不変であることが自然の理に鑑みて不可能であるならば、自然の理とは創造と破壊の二つの側面を持つという理解に達するであろう。
 自然の理の一片が創造であり、もう一片が破壊であるという真理の上に立ったならば、破壊が背徳であるなどとどうしていえるだろうか?自然が破壊を行うためには創造なくして成り立たず、また創造するためには破壊がなくては成り立たない。たとえば自然の破壊の産物である動物の死骸の中では小さな虫や菌類が創造され、虫や菌類が作った土壌に植物が生い茂る。そして植物を食べる動物がまた生まれるというこの自然の理に対して、子猫を殺すことが何の罪になるといえるであろうか?子猫を殺すことは即ち子猫の中に菌類や虫たちを創造する自然の手伝いをすることであり、自然の流れに協力するだけのことである。そこで賢明な読者諸君は気がつくであろうが、我々がどれだけ破壊殺戮を犯しても、それは自然の理の中でそれを手助けするだけで、自然そのものを破壊することは決してできないのである。ここにおいて、子猫を殺すことが自然の理の推進になることはあれ、それを阻害することには決してならないものであることを知らなければならない。
 以上の自然の理に沿って話を進めていけば、作家の主張にいくつかの間違いがあることがわかってくるであろう。まず作家は子猫殺しの代替案であるところの避妊手術を「その本質的な生を、人間の都合で奪いと」るものとして否定しているが、これは間違いである。我々はすでに、人間のいかなる行為も自然を冒涜することにならない、より正確に言えば人間はどんなにがんばっても自然を冒涜することが不可能であるということを証明済みであるから、避妊手術を否定することは間違いであることを知っている。また、本質的な生とは何であるかと問えば、それは天然自然ありのままの生を生きることであり、生殖能力を奪われたものは奪われたまま、持つものは持つまま生きるということである。生殖能力を奪うことが本質的な生の剥奪であるなどというのは人間の下らぬ理屈の思い上がりである。また、『獣にとっての「生」とは、人間の干渉なく、自然の中で生きることだ』というのも間違いである。獣にとっての生とはただ生き続ける以外の何物でもなく、野生か飼いならされているかの問題は存在しない。むしろ、苦労せずに餌が供給されるのであれば、獣は野生よりも生存の容易な飼いならされることを望むであろう。獣は野生のままでいるべきだというのは、人間の勝手な理屈である。
 全般的に作家のエッセイ「子猫殺し」を読めば、この作家の行動自体は正しかったとしても、未だ人間の身勝手な理屈で行動していたということがわかるであろう。この作家が非難されるべきは行動の結果ではなく、行動を起こす要因となった理屈が間違っているという点においてであることを、我々は肝に銘じなくてはならない。
 この行為は社会に対して犯罪たりえるか?
 おお、ここまで読み進んだ賢明なる読者諸君にはなにをか言わん。この行為が社会に対して罪をなしていないのは明白である。我々はすでに大勢の同胞を殺した人間に名誉と栄光を与えているではないか!あの愚かなるロベスピエールもその権力の中にあっては英雄であり、かのコルシカの怪物でさえ我々は皇帝として押し頂き、何十万何百万という同胞を死に至らしめたではないか!これら恐るべき殺人者たちが英雄として祭られる社会において、猫を数匹ころす人間のなにをとがめられようか?ということで次に進む。
 この行為は弾劾されるべきか否か?
 これまで子猫殺しの行為を自然的側面と社会的側面において、この行為が弾劾されるべきか否かについて検討を重ねてきた。そして我々は、この子猫殺しの行為自体が自然的社会的どの側面においてもまったく弾劾するに値せず、唯一責められるべきはかの作家の思い上がりから来る人間本位の思想しかないということを知った。
 しかし、世にはびこる慈善という名の悪徳は数世代に及び人々の魂を篭絡し続け、堅牢なくびきを諸君に架している。そこで余は親愛なる読者諸君に呼びかけたい。諸君はすでにこの記事を読み、子猫殺しが何ら罪にならぬということを心の奥底から理解したと信じるものであるから、諸君には努めて無知蒙昧の慈善家たちの見当違いな非難を嘲笑してやってほしい。間違っても慈善家たちを舌鋒鋭く攻撃してはならない。彼らは攻撃されればされるほどその紐帯を強くし、得意の深刻面(しんこくづら)でその支配を強くするであろう。そうなれば、我々の打つ手はない。そこで、我々は彼らを攻撃するのではなく、嘲笑してやることによって彼らの深刻面を破壊しなければならない。作家のエッセイを弾劾する記事を書き、トラックバックを飛ばしあって慈善の心を満たしている奴らには、ところどころにリンクを貼って嘲笑し、彼らの真剣な記事があたかも軽薄な受け狙いのお笑い記事を書いているように感じさせてやらねばならない。彼らの慈善に満ちた言動が、いたるところで愚弄嘲笑の的になるようにしてやらねばならない。
 こうして、諸君らのたゆまぬ愚弄嘲笑によってのみ、日本国民が良識の仮面をはがし、慈善のくびきから逃れ、真の理想国家建設にまい進するしてゆけるのを、心から信ずるものである。


 

参考文献:『閨房哲学』 マルキ・ド・サド 澁澤龍彦 訳

参考URL:
なんでかフラメンコ‐可愛くなければ殺してもいいのか、という問題
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2006年08月04日

足の谷間

 パンプスやハイヒールとかで、足の甲がガバッとあいて素肌が見えるタイプのやつがあるじゃないですか。私はそのガバッとあいている部分に足の指の付け根がチラチラ見えるのがたまらなく好きです。特に足のきれいな人のその空間は特に好きで、先細の靴先に指がムリムリッと詰め込まれているそのわずかな隙間に指を詰め込みたくなります。ごくまれに舌を突っ込んでもよいと思えるような優良なものもあります。

 そして次に私が考えたのは「ガバッとあいている部分に足の指の付け根がチラチラ見えるの」に名前をつけてあげることです。そうだ「ガバッとあいている部分に足の指の付け根がチラチラ見えるの」につける名前はフィヨルドにしよう。なんたってきれいな足の指がハイヒールの中に深々とめり込んでいるさまは、フィヨルドの海にめり込んでいるような美しいな山々を連想させる。でもフィヨルドだけではなんだかさびしいから、もうちょっと地名か何かを付け加えてやろう。ウィキペディアで調べてみたら、ゲイランゲル・フィヨルド、トロンヘイム・フィヨルド、ソグネ・フィヨルド、ダウトフル・サウンド……、ここはやっぱりきれいな足がヒールにめり込んでゆく優雅な風景に適した繊細な語感がほしいから、濁音を含むゲイランゲルとソグネはだめでしょ、ダウトフル・サウンドなどはフィヨルドのフィの字も入っていないから論外、……そう考えるとトロンへイム、トロンへイムだよなやっぱり。トロンへイムという語感がほかと比べて何となく女性受けするに違いない。

 そういうわけで、「ガバッとあいている部分に足の指の付け根がチラチラ見えるのやそれに類似する現象」を名づけて「トロンへイム・フィヨルド」と呼ぶことに決まりました。早速最初の文章に取り入れましょう。

 以下、最初の文章にトロンへイム・フィヨルドを挿入したものです。


『パンプスやハイヒールとかで、トロンへイム・フィヨルドってあるじゃないですか。私はそのトロンへイム・フィヨルドがたまらなく好きです。特に足のきれいな人のそのトロンへイム・フィヨルドは特に好きで、先細の靴先に指がムリムリッと詰め込まれているそのわずかなトロンへイム・フィヨルドの隙間に指を詰め込みたくなります。ごくまれに舌を突っ込んでもよいと思えるような優良なトロンへイム・フィヨルドもあります。』
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2006年07月05日

不備日報Report 北朝鮮ミサイル発射問題は極東の平和に何ら不安を呼び起こすものではない

■北朝鮮ミサイル発射問題経緯

 7月5日午前3時30分頃、4時頃、5時頃、7時10分頃及び7時30分頃、8時20分頃、午後5時20分頃、北朝鮮から日本海に向かって、弾道ミサイルが発射された。



■分析結果

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は今回のミサイル発射で軍が保有するミサイルを全弾撃ち尽くしてしまっており、北朝鮮ミサイル発射問題は極東の平和に何ら不安を呼び起こすものではない。



■なぜそう思ったか

 不備日報Reportが、北朝鮮の保有ミサイルが7基であり今回の発射で全弾撃ち尽くしてしまったと結論付ける理由は、6発目と7発目の時間的空白にある。
 つまり、1発目から6発目までの発射間隔はおおよそ20分から2時間10分の間にまとまっているのに対し、6発目と7発目の間には実に9時間の間隔があいている。不備日報Reportはこの事実に注目した。
 以下、この時間的空白が意味するものを、綿密な考証をもとにしたシミュレーションで解明してゆく。


‐‐‐08:20 PM 5/7/2006 ピョンヤン某所‐‐‐


 ピョンヤン某所にひそかに設置された北朝鮮軍司令部では、ミサイル発射作戦について、白熱した議論が続いている。

将軍A「同志諸君、現在までに我々は6発のミサイルを日本近海に着水させた。そこでもう1発撃つかどうかについて諸君の意見を聞かせてほしい」

将軍B「同志、何を弱気になっているのだ。この作戦ではわが軍の現有兵力を総動員して日本とアメリカを威嚇し、わが国の国威を見せ付けるはずではなかったか?」

将軍A「しかし、もう1発撃ってしまうとわが軍のミサイル保有数は0になってしまう。正真正銘のすっからかんになってしまうのだ。これではもう威嚇できなくなってしまわないかね?」

将軍C「同志、心配は良くわかるが、ここは弱気になっているときではない。こんなときのために、我々は何回も軍事パレードをしてハリボテのミサイルを並べたり、アメリカの衛星に発見されやすい場所に同じくハリボテのミサイル基地を設置したり、日本の自称軍事評論家に頼みこんで北朝鮮ミサイル脅威論を吹聴してもらったりしたではないか。わが軍のミサイルが残り1基しかないというのは重要な軍事機密であり、この機密を知っているのはここにいる我々のみなのだ。何を恐れる必要がある?」

将軍A「我々しか知らないから問題なのだ。ここで気前良く最後の1発を撃ってみろ。もし気をよくした偉大なる金正日同志が『もっと撃て』とか言い出したらどうするのだ?まさか『もう全弾撃ちつくしてしまったので無理です、閣下』などと言う気かね?」

将軍C「ふむう……。それは困るわい」

将軍B「まったく困ったものだ……。しかし、そもそもミサイルが足りないのをハリボテでごまかそうと言い出したのは同志ではないかね?この責任は重いぞ」

将軍A「何を言うか?わしがハリボテでごまかそうと言ったときに、そうだそうだと喜んで賛成したのはどこの誰だ?」

将軍B「何を!?」

将軍A「何だと!?」

将軍C「何だって!?」

 会議は紛糾に紛糾を極め、9時間近くにも及んだ。そして午後5時頃、将軍たちはひとつの結論に達した。

結論:やばいけど撃っちゃえ。


 こうして北朝鮮軍司令部は、5日午後5時20分頃、軍の保有する最後の1発を発射するに至ったのである。



■総括

 以上の精密なシミュレーションを踏まえた分析結果から、不備日報Reportは、以下の結論に達した。

結論:北朝鮮は保有するミサイルを全弾撃ち尽くしており、この問題が極東の平和に何ら不安を呼び起こすものではない。
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2006年05月09日

競泳水着はスクール水着とは一線を画すものであり……

■競泳水着と立花里子の関係

 他人の不幸は蜜の味‐5/8日記(競泳水着フェチ、無駄に熱く語る)において、競泳水着は断じてロリータ趣味ではなく、成熟し、完成された美の表明であるという尊い教えが示されている。

 私はその教えの忠実な履行者として立花里子という偉大な女優がいることを世界に訴えたい。リンクは貼らないけれども、「立花里子の絶対競泳水着宣言!!」という作品は、おそらくLSTYさんの言うところの「密着したフォルムの美とエロ」が存在する。

 立花里子の、およそロリータ趣味とは程遠いシャープな顔立ちと長い手足に研ぎ澄まされた競泳水着がフィットする様はまさに競泳水着の神が舞い降りたとしか形容の仕様がない。

 その(立花里子+競泳水着融合態の)かっこよさは彼女の作品の存在意義を離れて独立して存在しうるかっこよさであり、日本人離れした8頭身の初代ウルトラマンやテリー・ギリアム監督作品「バロン」でヴィーナスの誕生を完全に再現したユマ・サーマンに並び称せられるほどのかっこよさである。興味ある方は是非ご覧いただきたい。



■然れども立花里子+スクール水着はどうか?

 あまりにも競泳水着との融合に成功した立花里子だが、もしその融合対象がスクール水着ではどうだろうか?

 残念ながら立花里子のシャープな輪郭、長く伸びた手足と成熟したボディは明らかにスクール水着から連想されるところの幼児性、未成熟さ、乳臭さといったものとは相容れない。

 しかし、もし競泳水着の神であるところの立花里子がスクール水着が似合わない事を百も承知で、というか似合わなさを強調したらどうだろう?特に胸の辺りに白いつぎはぎで「1−2 たちばな」などと明記させて徹底的に乳臭い格好をさせたらどうだろう?

「競泳水着の似合う身長170cm以上の女優に極端に乳臭いスクール水着を着せて羞恥を強いる企画」

 そういうのがあったら是非見てみたい。

 以上の件について、LSTY氏の早急な返答を請うものである。
posted by ちんこ寺 at 23:58 | Comment(2) | TrackBack(1) | 妄想 b_entry.gif

2006年04月29日

真の排便家にとって、糞尿でないと分かっていて食ったかどうかは問題ではない。

■先日の記事の補足

 先日の記事排泄は官能的美を追求しなければならないにて、小説「好色」に登場する平中(平貞文)という人物を通して排泄の美について語ったところ、以下の反応があった。

「ちょっ、それじゃ平貞文が好きな女のうんこを食いたい人みたいじゃん!ちゃんと薫物である事に気づいてから口に含んでるって!」
神コップBloG_ver.?‐4月24日のニュース

「こちらを読んで確認したところ芥川龍之介の「好色」のあれは好きでうんこがみたかったんじゃなくて嫌いになる為に(恋の病から醒める為に)あえて見てやろうとした、という話であります」
銀河ブログ協会:修行中‐排泄の件
 確かにそのとおりである。青空文庫「好色」のリンクを貼ってはいたものの、どうせ誰もリンク先を精読する人なんていないだろと、タカをくくって話を膨らませたことをここに告白する。また、リンク先もきちんと読んでくれた事に感謝したい。
 しかし、私が世界に発信したかったのは、平中が糞尿そのものを食ったか食ってないか、あるいは糞尿を愛するか愛さないかの話ではない。以下、説明する。



■糞尿でないと分かっていて食ったかどうかは問題ではない

 先日の記事で私はこう書いた。
「やはり排泄の官能美の探究は、見られまいとする恥じらいの気持ちと、暴き見てやろうという凶暴な欲情のバランスの上に成り立つものであり、ここがただの排泄と官能的排泄を峻烈にわけ隔てるものである」
不備日報排泄は官能的美を追求しなければならない
 つまり私が最も言いたかったのは、隠そうとするものと暴き見ようとすものの間に生まれる緊張に満ちたバランスが官能を生み出すということである。糞尿はその緊張を生み出すための数ある道具の内のひとつに過ぎない。



■「好色」は官能美の一つの完成形である

 私が平中の変態ぶりに最も心震わせたのは、侍従の大便の偽者を噛んで確かめたことではなく、侍従への想いと対決するために糞便の入った箱を強奪しようとしたことである。発想が明らかに常軌を逸しており、正真正銘の変態ワールドであるといわざるを得ない。
 考えても見よ。自分の恋心を何とかして落ち着かせたい、諦めたい、自分の心をここまで追い詰める相手に何とかして打ち克ちたい……、こういう心境にあるときに、よりにもよって相手の大便を見てやろうなどと思うだろうか?普通は思わないだろう。これこそ究極の官能の形の一つである。

 隠す恥じらいの心情と、暴き見る卑屈凶暴な感情のバランスの振幅の大きさが官能の美しさを決めるとすれば、相手の大便を強奪して見ること、そしてわざわざ口に含んで本物かどうか確かめることというのは、これ以上にないほどの官能美を現出するはずである。
 普通、自分の大便は隠すものであって、人に見せるものではない。まして自分の大便を狙っている人物の存在など、想像するだけで屈辱的であり、鳥肌が立つほど気持ちが悪い。平中はその屈辱的な環境の中に侍従を巻き込むことによって、自分の恋心に勝利しようとしたのだが、侍従も負けてはいない。

 侍従も変態である。なぜなら、普通は自分の糞便が狙われていると分かったら、箱に厳重に鍵をかけて、人が寝静まる深夜にひそかに捨てに行くはずである。それをわざわざ偽物を作って平中に発見させるというのは、平中をはるかにしのぐ大変態である。

 また、この物語を書いた芥川龍之介も天下の変態であるといわざるを得ない。特に下記に引用した部分は私が最も心震えた部分であり、じっくり読んでいただきたい。

 平中はわなわな震へる手に、ふはりと筐の上へかけた、香染(かうぞめ)の薄物を掲げて見た。筐は意外にも精巧を極めた、まだ真新しい蒔絵(まきゑ)である。
「この中に侍従の糞(まり)がある。同時におれの命もある。……」
 平中は其処に佇んだ儘、ぢつと美しい筐を眺めた。局の外には忍び忍びに、女の童の泣き声が続いてゐる。が、それは何時の間にか、重苦しい沈黙に呑まれてしまふ。と思ふと遣戸や障子も、だんだん霧のやうに消え始める。いや、もう今では昼か夜か、それさへ平中には判然しない。唯彼の眼の前には、時鳥(ほととぎす)を描(か)いた筐が一つ、はつきり空中に浮き出してゐる。……
青空文庫「好色」より一部引用
 どうだろうか?
 まず大便を入れた箱を描写するのにいちいち細かすぎるほど丁寧に書いている。芥川さんはここを書きたくてこの小説書いたんじゃないかと思うくらいである。平中の命たる「侍従の大便入り箱(偽物)」は「ふはりと筐の上へかけた、香染の薄物」がかけてあり、それをめくると「真新しい蒔絵」が施されている。さらに時鳥のデザインのイメージとともに浮遊しだす箱。このくだりを読むだけで、芥川さんが舐め回すように、またはむさぼるようにして、うれしそうに「侍従の大便入り箱(偽物)」を描いてる姿を、ありありと想像できる。
 そして忘我の境地のはるか外で聞こえる「女の童の泣き声」が、陵辱的な演出にまた別の危うさを添えて引き立っている。

 ここまで徹底的にお膳立てされてしまっては、平中も偽者本物に関わらず、口に含まざるを得ないではないか?本物か偽物かなどどうでもよく、口に含むことに意味がある。もう平中は忘我の境地だったのだから、もしかしたら感覚がおかしくなっていただけで、実際は本物を口にしていたのかもしれない。しかし、哀れな平中には小便のにおいが丁子の煮返した匂いに、大便の味が苦味の交つた甘い味にしか感じられなかったのかもしれない。そして勝手に悶死したのかもしれない。
 そうだとしたら、はたから見れば平中は発狂して突然死したとしか見られないだろう。侍従の小便にまみれ、大便を口に含んだまま発見される平中の変死体。平安京ミステリー。しかし、平中にとってそれらは丁子と橘の香りに包まれた桃源郷なのだ。

 つまり、忘我の境地に立った平中にとっては、箱の中身が本物か偽物かなどどうでもよいのだ。



■今週のお題

 さて盛り上がったところで、ブログ文章術のマネをして、みなさんにお題を出ます。やはりこういう話題はより多くの人のさまざまな角度からの意見が出されるのが面白いと思うからです。
 

お題
「あなたは、侍従の箱は本物入りか偽物入りか、どちらであるべきだと思いますか?またその理由や、あなたの官能に対しての信念を述べなさい」


 この設問に正解不正解は一切ありません。自分の記事が糞尿まみれになってもいいという勇気のある方は、この記事にトラックバックして大いに語ってください。
posted by ちんこ寺 at 02:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想 b_entry.gif

2006年04月23日

排泄は官能的美を追求しなければならない

■私は排泄を好む

 参考:
ネット上の排泄行為
排泄‐Wikipedia

 私は排泄を好む。特に糞便を排泄する排便を好む。やはり排便の妙は、一に大きな糞をひり出してやったという達成感にあり、二に大便が直腸や肛門を通る際の爽快感である。これらの妙味があるからこそ、私は排泄行為そのものを好むということ、そして排泄そのものは決して悪ではないということを、世界に発信したい。



■排泄は官能的美を追求しなければならない

 また、排泄には官能的な美の探求というたしなみ方も存在する。これは上記の単なる排泄行為自体の楽しみよりも複雑であり、より高度なたしなみであるといわなければならない。そしてこの官能的美の追求をよく行っているのが芥川龍之介の「好色」である。

青空文庫「好色」

 さすが芥川龍之介といわざるを得ない。私は十代のころこの「好色」を読み、その変態ぶりに度肝を抜かれ、心を奪われたことを今でも覚えている。意中の女性の大便を強奪してそれを口に含んだところ、それが香木でこしらえた精巧な偽者であり、口の中に広がる芳香の中で絶望のあまり昏倒する平貞文。およそ凡夫のまねの出来るところではない。
 やはり排泄の官能美の探究は、見られまいとする恥じらいの気持ちと、暴き見てやろうという凶暴な欲情のバランスの上に成り立つものであり、ここがただの排泄と官能的排泄を峻烈にわけ隔てるものである。
 排泄は非常に奥深い世界を持つ。



■美しい排泄をするために

 排泄にも官能と美が存在する。そしてその官能と美を探究するために注意しなければいけないことをここに記す。

1.排泄は基本的にトイレでする
2.排泄後はきちんと後始末をする
3.後始末に失敗した時は、その旨を次の人に伝え謝罪する
4.人のところで排泄する時には「トイレお借りします」ときちんと言う
5.人のところであまり長々と垂れ流さない
6.恥じらいの気持ちを忘れない
7.公衆の面前で糞を垂れ流し恥じるところのない者は排便家の敵である
8.もらした時にはその旨関係者各位に告知し、謝罪する
9.すかしっ屁は言語道断
10.排便を嫌う人に趣味を押し付けない

 以上、排便家は恥じらいの気持ちを忘れずに排便の快楽を求めつづけるべし。まちがっても恥じらいの気持ちを忘れ、他人の迷惑を顧みない振る舞いをしてはならない。 
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2006年04月16日

ライオンとシマウマのたとえ話とシマウマ進化論

■ライオンとシマウマの話に興味を持った

分裂勘違い君劇場‐「おまえも空気の奴隷になれ」って?「空気読め」の扱い方次第で人生台無し
ブロシキ‐論理とかコミュニケーションとか

 以上の二つの記事で取り上げられている「ライオンとシマウマ」のたとえ話に興味を持った。なぜ興味を持ったかというと、ホモ・サピエンスの後天的な個体差の問題である「空気を読む」というどうでもいい問題から、ライオンとシマウマの自然界における関係というより高度な、より本質的な概念へとアウフヘーベンされているからである。この点については、たとえ話を持ち出した分裂勘違い君劇場のfromdusktildawn氏と、数ある論点の中でライオンとシマウマの話を選んで話題を広げたsantaro_y氏の見識の高さを賞賛しなければならない。

 そこで私も、ライオンとシマウマと大自然の理について(特にシマウマの進化について)、おおいに語りたいと思う。



■二つの記事のまとめ

 さて本論に入る前に、上記二つの記事がライオンやシマウマ(大自然)についてどのように記述しているかを以下のようにまとめる。

分裂勘違い君劇場
・シマウマにとって、ライオンは、悪そのものである
・なぜ、歯と筋力が悪になったのかというと、シマウマの歯と筋力が、ライオンの歯と筋力よりも劣っているからだ
・ライオンにしてみれば、歯と筋力は、善である。なぜなら、自分の歯と筋力が優れているからだ
・歯が強く筋力が強靱ということは、一般に、生物にとって「良い」ことである
・ライオンの価値観というのは、生命を謳歌するためのポジティブ要因を善とする価値観
・シマウマの価値観というのは、生命を謳歌するためのポジティブ要因を、悪だと考える価値観

ブロシキ
・なぜシマウマはライオンを目指さなければならないのか?
・進化の世界は何らかの要素を指して「一般にポジティブな意味」とはどうも言えそうにない
・草食動物は肉食動物がいなくても生きていくのに困らない
・肉食動物は草食動物なくして生きていくことができない


 以上を踏まえて、私がこの記事で言及したいことは以下のようである。
・草食動物は肉食動物がいなくなると困る場合がある
・進化における有利不利は周りの環境の変化によって大きく変化する

 順番に説明していく。



■草食動物は肉食動物がいなくなると困る場合がある

 まず下記のリンクを参照し、実際にflashで遊んでみてもらいたい。

生態系ピラミッドのシミュレーション

 このシミュレーションは、リンク先の記述にもあるとおり、正確なものではない。しかし、生態系のバランスを大略において知るためには非常に優れた教材である。
 ここで表題の「草食動物は肉食動物がいなくなると困る場合がある」の話しに入る。まずシミュレーションのピラミッドのうち上から三つ(肉食動物)を0にしてみて欲しい。そうすると一旦上から4段目(草食動物)の層が大きくなって、やがて最下部の植物の層が縮むにつれて、一緒に消滅してしまうのが分かると思う。つまり、肉食動物がいなくなると、草食動物は一時的に数が増えるが、やがて食料を食い尽くして飢え死にしてしまう場合があるのだ。もちろん植物が豊富にあって余り影響のない場合や、草食動物が雑食性に進化した場合など、絶滅を回避できる要因はいくらでもあるが、いずれにせよ草食動物には大きな危機が迫るので、肉食動物がいなくなると困る場合があるということが分かる。



■進化における有利不利は周りの環境の変化によって大きく変化する

 ここより本論に入る。
 私はライオンとシマウマのたとえ話と、草食動物は肉食動物がいなくても生きていくのに困らない、という話を読んで考えているうちに、一つの魅力的な発想に取り付かれた。

「もしライオンをはじめとする捕食者がいなくなったら、シマウマはどのように進化するだろうか」

 捕食者がいなくなったアフリカの大平原で、食物を食べつくすことによる絶滅の危機からシマウマが生き残るとしたら、どのような進化を遂げるだろうか?ということを、これから順を追って述べてゆきたい。


21世紀初頭 アフリカ中央部 サバンナ地帯

 ライオンをはじめとする肉食動物に謎の奇病が蔓延、アフリカ大陸の肉食動物は死に絶えた。そこで多くの草食動物が天敵のいない世界で子孫を増やし、繁栄をはじめるかに見えた。


22世紀初頭 アフリカ中央部 旧サバンナ地帯

 かつて一面の草原であったサバンナの大地も、荒れ果てた地肌をあらわにし、草一本生えない荒地に変わってしまった。ごく少数のバオバブ等の乾燥に強い木がまばらに散らばっている程度である。
 この状況下で多くの草食動物に強力な淘汰圧がかかり、ほとんどの種が絶滅の危機に瀕した。そこでシマウマには二つの異なった進化の兆しが現れはじめた。一つのグループは首が長く伸び、木の実や葉を食べるようになり(クビナガシマウマ)、もう一つのグループは、体高が低くなり、地下茎を掘り返して食べるようになった(ツチシマウマ)。


25世紀初頭 アフリカ中央部 旧サバンナ地帯

 21世紀に存在したシマウマはすでに絶滅した。そしてかつて二つのグループに枝分かれした新しいシマウマたちの中でも、クビナガシマウマが自然の淘汰に負けて、いま滅び去ろうとしている。
 食料となる草の欠乏から、より高いところに成る木の実や葉を食料に選んだことで、徐々に首を伸ばし、新しいニッチに収まったかのように見えたクビナガシマウマだったが、ここに強敵が出現した。
 キリンである。
 キリンはクビナガシマウマが首を長く伸ばす前から木の葉を食べており、減少した食料をめぐって新参者のクビナガシマウマに熾烈な食料確保の戦いを仕掛けてきたのだ。
 それにたいしてクビナガシマウマは首こそ長くなったものの、心臓のポンプ圧を強くさせることが出来なかったせいで、長時間首を立てることが出来ず、少し葉を食べては頭を下げてやすめ、また食べては休めの繰り返しをしないと貧血で倒れてしまうという弱点があった。
 ここにおいてクビナガシマウマはキリンとの食物確保戦争に敗れ、次第に個体数をへらしていった。

 一方ツチシマウマは、あまり競合のいない中で地下茎を食べ続け、独自の進化を遂げていった。体高はますます縮み、前足のひづめに凹凸が出来始めた。これは新しい指の誕生の兆しである。
 かつてウマ科の動物は足の指を減らすことによって速力を増し、肉食動物から逃れる能力を磨いていった。しかし今はもう肉食動物はいない。そこで逆に指を増やす方向に進化しだしたのだ。地下茎を掘るためには、一本指の蹄ではやりづらい。そこで、蹄に凹凸のある個体がより上手に土を掘ることができ、より多くの食料を手に入れることが出来るようになった。
 しかしツチシマウマにも脅威がある。雨季である。多くの草木が受け皿になって水を吸収してくれていた遠い昔と違って、今は頻繁に洪水が起こり大地を埋め尽くすことが多くなった。この時期になると逃げ遅れた仲間が大量に溺死する。今のツチシマウマにはこの洪水に対処する能力は無い。しかし、いつの日かこの大自然の驚異を克服する進化を遂げるに違いない。


30世紀初頭 アフリカ中央部 旧サバンナ地帯

 いまやクビナガシマウマは完全に絶滅した。長い首に血液を送る心臓をどうしても強化できず、キリンとの熾烈な食糧確保の争いに敗れ去ったのだ。

 ツチシマウマは相変わらずツチを掘って地下茎を探している。しかし、その外見はウマとは似ても似つかないものになっていた。
 体長約30センチ、全体的な形は、モグラに似ている。蹄から進化した強力な前足にはツチを掘るための鉤爪がついており、より深く、より短時間でツチを掘れるようになった。また、後ろ足の腿や前足の脇の部分に折りたためるようになった皮膚のたるみが出来ている。これは雨季の洪水の際に水の流れをとらえて泳ぐように進化したしるしである。他にもピンとたっていた耳は後方に垂れて首に密着し、その首も極端に短く、体の形は全体的に流線型に変化している。かつてこの動物がシマウマであったことをほのめかすのは、体表を覆う黒と白の縞模様だけである。
 シマウマやクビナガシマウマはもう死に絶えていない。しかしツチシマウマはこの生き残りをかけた戦いに勝利し、新しい自然環境に適応した。彼らはこれからも、自然の淘汰圧にさらされながら、新しい進化の道を歩むことだろう。



■最後に

 以上、私が書きたかったのは、架空のシマウマ進化物語である。みなさん本当にありがとうございました。

主要参考文献:
wikipedia-シマウマ
wikipedia-キリン
wikipedia-サバナ気候
wikipedia-クアッガ
多様性を求めての旅‐動物について‐シマウマ
生物のサバイバル戦略−共進化
posted by ちんこ寺 at 17:56 | Comment(4) | TrackBack(1) | 妄想 b_entry.gif

2006年04月15日

HDD型人間未来世界の年表を作りました

■前回の記事の年表を作りました

 前回の記事「HDD内臓型人間の未来像をマンアフターマンっぽく熱く語る記事」を書いた際に、非常に充実した気持ちになったので、この記事をもう少し掘り下げて年表を作ってみようと思いました。それで早速作りはじめ、ついさっき出来ました。

HDD搭載人間進化の図.JPG


 やっぱり私はこういう妄想全開の記事を書いている時や、妄想全開の作品について感想を垂れ流す記事を書いている時が一番楽しいですよ。銀河ヒッチハイクガイドの記事と前回の記事を書いた時の充実感を思い起こし、改めてそのことに気づきました。本当にありがとうございます。
posted by ちんこ寺 at 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想 b_entry.gif

2006年04月14日

HDD内臓型人間の未来像をマンアフターマンっぽく熱く語る記事

原案:takoponsの意味‐HDDが人体に内蔵されたら、それは内臓になるのか?

マンアフターマン(絶版)について知りたい人はアフターマンワールド「マンアフターマン」コーナーをご覧ください。amazonにも詳細が載ってます。



■200年後 HDD内蔵型人間の誕生

 西暦2207年、人類は進化の転換点に立った。HDD(ハードディスクドライブ)と脳髄の結合によって、第二の脳を手に入れることに成功したのだ。これにより、人類は脳腫瘍やクモ膜下出血等の難病や脳死の危険からようやく開放された。

 また、HDDと脳髄の結合は医療の他にさまざまな分野に影響を与えた。HDD移植患者の記憶能力の飛躍的な向上は、人類の限界を押し上げ、新たな進化への道標となった。しかし、この時期のHDD移植技術は未だ一般に普及しておらず、ごく一部の富裕層にしか広まらなかった。またHDDの故障による記憶障害や、漏電による突然死などの事故も発生し、安全性において懸念する声や、宗教、倫理的な面からの反発も大きかった。



■300年後 格差の拡大と新技術

 電脳移植技術はここ100年の間に飛躍的に進歩し、術後の生存率も大幅に改善した。また、新技術の開発により施術あたりのコストも引き下げられ、先進国を中心に広く一般にもHDD移植技術が行われるようになった。

 これに伴い、純粋な医療目的ではないやり方での技術の応用が盛んに行われるようになった。例えばHDD移植による脳の大幅な記憶力増加作用は社会階層の再生産の格差拡大をもたらした。金銭に余裕のある家庭では、子女の就学前にHDD移植手術を施し、詰め込み式学習で圧倒的な学力を身につけさせて、より高い学歴を与えられるようになった。その一方でHDD移植を施す金銭的余裕のない家庭に育った子女は、HDD移植者に対して記憶能力において全く歯が立たなくなり、学歴の格差が拡大していった。

 また、この時期になるとHDD以外にも多くのパーツを人体と融合させる技術の研究が進んでおり、CPU移植者や無線LAN移植者など、多くの移植者が現れるようになった。

 さらにダウンロード技術の発達により、人間の記憶や経験をハードディスクに保存し、他の人間に移植することも出来るようになった。最初の成功例は2307年で、ピアノを弾けない被験者に、ピアニストの経験を搭載したHDDを移植したところ、リストの超絶技巧練習曲の4番「マゼッパ」・5番「鬼火」をたちどころに弾いたとの記録が残っている。



■500年後 人類の二極分化

 200年前よりはじまった格差拡大は、このころになると決定的なものになっていた。人類はいまや、数多くのパーツを増設した「新人類」と、旧態依然の生体しか持たない「旧態人」に分かれてしまった。もちろんこの二つのグループは、交配すれば子孫が出来るという点では同じ人類である。しかし、社会的断裂はもはや埋め戻すことの出来ない段階にまできていた。

 「新人類」は政府や軍、大企業の要職を独占し「旧態人」を支配するようになった。また脳の大部分をパーツで代用できるようになった「新人類」は、老化する肉体を取り替えれば半永久的に生存可能になった。そこで旧態人から肉体を買い取る人身売買が流行するようになった。この人身売買は永遠の命を得たい「新人類」と、売買によって富を蓄え移植手術を受けて「仲間入り」を果たしたい「旧態人」との双方の思惑が合致したお陰で、ほぼ公然と行われた。一部の心ある人間の反対意見はことごとく無視された。



■1000年後 肉体の放棄

 長い間不可能とされてきた人格のパーツへの移植が、ついに実現した。これによって人類は肉体から離れて純粋に意識のみとして存在できるようになった。そしてついに人類は不老不死を手に入れたのだ。

 また、肉体を離れることにより五感は必要なくなり「人間」のあり方もそれ以前と比べると劇的に変化した。容易に交換できる知識や技術、経験は「人間」から固有の人格を奪った。人々はその場に応じて適切な知識や経験を選び、服のように着脱した。知識や経験の共有が進むうちに、肉体にとらわれていた人格は溶けて融合し、一つの完成された知性となった。おそらく1000年前の人類が彼らと出会ったならば、彼らを神と呼んだかもしれない。

 一方で肉体を持ったままの「人間」も少数ながら存在した。彼らは最後まで「機械に魂を取り込まれること」を嫌悪し拒否した人たちだった。彼らは数百年の間、使い捨て容器、家畜などといわれてさげすまれていた人たちの末裔である。
 彼らのごく一部は「神」のメンテナンスを行う技術者として生き、残りは文明の恩恵から見捨てられ、自然とともに生きる道を選んだ。



■10000年後 肉体への回帰と破滅

 一万年の間、人類は平穏な暮らしを享受し続けた。「神」となった人たちは不老不死のまま生き続け、文明から見放された人たちは、その数を減らしていったが、ある一定の限度で安定し、それ以降は進歩も後退もせず、小規模な農耕牧畜生活を今も続けている。

 しかし、異変が起こった。「神」の入れ物となる機械の故障が目立ちはじめたのだ。「神」はその全能たるCPUでもって原因を究明、修復しようとしたが、全く役にたたなかった。9000年の歳月のせいで、「神」の処理能力ではもはや修復不可能なまでに「入れ物」にガタが来ていたのだ。人類が肉体を捨てて以来、科学技術は9000年前より停頓し、全く進歩しなかった。もちろん小規模な修繕は何回となく行われてきたが、肉体を持った技術者たちが最初の千年紀の間に滅んでから、ほとんど野放し状態になっていたのがいけなかった。
 もはや「入れ物」の崩壊は免れなかった。仕方なく「神」は生物工学の知識を使ってかつての肉体を復元し、有限の命をもつ存在となって生き延びることにした。しかし、かつての文明の知識を完璧に引き継いだ新しい人類も、生き残るためにどうやって肉体を動かせばいいのか、その感覚を完全に喪失していた。このために肉体に戻った「神」たちは子孫を残すことが出来ず、100年を待たずして絶滅した。

 一方で文明から見捨てられた人々は「神」の絶滅のことなど知る由もない。彼らが「悪魔の城」と呼んで近づかなかった建造物から突然人間たちが現れて、いつの間にか死に絶えたことなど全く知らなかったし、知ったとしても恐れて近づかなかっただろう。彼らは今後も病気や猛獣、天災におびえながら、短く危険に満ちた一生を生きて子孫を残していく。一万年前の知識は、今や完全に失われた。彼らがまた文明を手に入れるまでには、まだ多くの歳月が必要になることだろう。

‐‐‐完‐‐‐
posted by ちんこ寺 at 02:16 | Comment(0) | TrackBack(1) | 妄想 b_entry.gif

2006年03月08日

図説:僕の一日

■僕の一日を円グラフにしました

 僕の、ごく平凡な一日を下記の円グラフにしてあらわしました。どうですか?ブロガー一般と比べても、結構自慢できる生活水準だと自負しています。
 ちなみに僕は、こういう生活を送りながら「書きたいように書けない問題」や「なぜ人を殺してはいけないのか?」という問いや「恋愛の是非」などといった、非常に重要かつ深遠な問題について考えを巡らしています。


itiniti.JPG
posted by ちんこ寺 at 21:53 | Comment(0) | TrackBack(1) | 妄想 b_entry.gif

2006年03月03日

図説:僕の大好きな運河

運河ブログ協会を偲んで。

■僕の好きな運河を座標で示してみよう

unga.JPG

■解説
・ターウンガハ デカイヨ フルイヨ マダツカッテルヨ チュウカヨ
・ぱなまうんが→ていらー・おぶ・ぱなま→ぴあーす・ぶろすなん→せくしー
・セントローレンス海路→アメリカンなワイルドさ
・スエズ運河→帝国主義→中東戦争
・カラクーム運河→旧ソ連→大失敗
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2006年02月28日

銀河ブログ協会設立および会長就任のお知らせ

予は本日から、銀河ブログ協会の会長に就任しました。

当協会の他に以下のブログ協会が存在しますが、当協会とは一切関係がございませんので、お間違えなきようご注意ください。
日本ブログ協会
国際ブログ協会



■追記:銀河ブログ協会URL→http://defective.g.hatena.ne.jp/
posted by ちんこ寺 at 19:02 | Comment(7) | TrackBack(5) | 妄想 b_entry.gif

2006年02月14日

冬季オリンピックに追加して欲しい競技を思いつきました

■トリノオリンピックを見てます(23:54)

 私は冬季オリンピックが大好きなので、最近テレビに釘付けなんです。それでさっき女子ハーフパイプを見てて気づいたんですが、なんか客席で服脱いで半裸になって応援している男子諸君がいるじゃないですか。しかもUSAとか国名を肌に明記して愛国心をあらわにする始末。寒いのになんでわざわざあんなことするんですかね?



■なぜ彼らは服を脱ぐのか?

 理由をいくつか考えてみました。

理由1:ただ目立ちたいから
理由2:愛国心ゆえに
理由3:ものすごく暑がりだから
理由4:自分の体を自慢したいから
理由5:競技中の女子選手に自分の体を見せることを人生の無上の喜びとしているから

 私としては「理由:5」が一番ありえると思ってるんですよ。多分彼らは、競技中の緊張の中で輝いている女子選手に自分の肉体を見せることにエクスタシーを感じているんです。もし純真な選手が彼らの裸を見て一瞬でも恥ずかしそうな表情を見せたら、彼らの偉大なる勝利なのです。彼らはその栄光の記憶を抱いてその後の人生を生きていくことでしょう。



■新しい競技の提案:男子ストリーキング

 せっかくだから観客席で脱ぐなんてセコイことしないで競技にすればいいと思いました。
 なぜ男子ストリーキングなのかというと、服を脱いでいたのが100%男性であったということと、女子ストリーキングをやると喜ぶ人が多そうで、競技としての純粋さが失われると思ったからです。



■男子ストリーキング実況

 以下、男子ストリーキングの実況を試みます。


実況『さて今回トリノオリンピックより正式競技となった男子ストリーキングがはじまります。オーストリアのボロン、スイスのブラーンが金メダル候補、中国の怒張頭が不気味な存在です。日本からは三瀬泰三選手が参戦しています。解説は羽田加駄郎さんとともにお伝えします。よろしくお願いします』

解説『よろしくお願いします』

実況『早速第一競技者、ロシアのフルチョンコフの演技に入ります。羽田加さん、このフルチョンコフですが、2005年の世界選手権大会で銀メダルを取った実力者ですね』

解説『ええ、フルチョンコフはシベリア生まれですから、寒さには強いですし、フィジカルの素晴らしさはもとより、メンタル面での強さ、安定性といったところでも非常に期待できる選手だと思います』

実況『さあ、フルチェンコフ、ロシア民謡「一週間の歌」にあわせて軽やかに入場、第一演技のトレンチコートに入ります。現在のところ、まだ大きな揺れはありません」

解説『第一演技のトレンチコートは共通演技となるわけですが、ここで注意したいのが、局部の露出ですね。コートとはやはり裸を隠すためにあるものですから、コートからあまりはみだしすぎてもいけませんし、逆に隠しすぎても減点になりますから注意が必要です』

実況『フルチェンコフ、袖を通して演技に入ります。まず右半身露出、次左半身、なかなかの滑り出しです』

解説『出だしはいいですね。フルチェンコフらしい挑発的な露出です』

実況『ここでペレストロイカ……、ああっと!はみだした?はみだしましたね、これはちょっと見せすぎてしまいました』

解説『ええ、これは痛い失敗です。あれははみ出しすぎですね。しかしまだ第一演技ですから、次のガウン、ブリーフ、最終演技の全裸でいい演技を見せることができればメダルは十分狙えると思いますよ』

-中略-

実況『フルチェンコフ、すべての演技が終了しました。前半のトレンチコートでのはみだしがありましたが、その後は持ち直し、力強い演技を見せてくれました』

解説『全体的に見れば非常にバランスの取れた演技だったと思いますね。特にブリーフのところで見せたビッグボーイエレクトは見事に決まりましたからね、期待は持てますよ』

実況『ここで得点が出ます……』

NOR:7.7 JPN:8.0 USA:7.4 CAN:7.6 FIN:7.6 total:38.3

実況『38.3です。メダルを狙うには厳しい得点が出ました。やはり最初の失敗が響きましたね』

解説『やはりはみだしの減点がありましたね。しかしビッグボーイエレクトやセクシーチョコレートは非常によい動きでしたから、後半だけを見れば十分に実力を出し切った演技だったと思いますよ』

実況『一回目の演技は不本意な得点に終わりましたがフルチェンコフ、2回目の演技で挽回を狙います』



■まだトリノオリンピックを見てます(01:29)

 この記事を書くのに1時間以上かかってしまいました。記事を書いている途中にも、男子スケートの一回目が終了してしまいました。

 悲しいのでもう寝ます。本当にありがとうございました。
posted by ちんこ寺 at 01:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想 b_entry.gif

2006年02月10日

義賊バレンタイン

■義賊バレンタインとは、チョコをたくさんもらう男からしかチョコを盗まない義賊である。

義賊バレンタイン三つの掟

・チョコをたくさんもらう男からしか盗まぬ

・本命チョコしか盗まぬ

・嬢ちゃんたちからは心しか盗まぬ



■未確認情報によると義賊バレンタインは、よなよな血の涙を流しながら町を徘徊し、チョコをもらえなかった子の家のポストには盗んだチョコを、チョコをたくさんもらった子のポストには死を投函してまわっているという。



■義賊バレンタインテーマソング「機動義賊バレンタイン」

燃え上がれ 燃え上がれ 燃え上がれ チョコレート
君よ 燃やせ
ブログに不平書く 元気があるなら
大いに マスを かけよ かけよ かけよ
正義の 盗みを 働け ガンダム
機動戦士 ガンダム ガンダム


posted by ちんこ寺 at 00:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想 b_entry.gif

2006年01月26日

アンチユートピアSFポリティカル・ノベル スパムの総和

―むだづかいにっき♂関連仲間文化圏が多数派になると、ブログは死滅するの著者えっけん氏と、我が最愛の妻に捧ぐ―



■PART1 クレムリンの焦燥

―午前3時14分8秒 19日 1月 2038年 クレムリン・モスクワ ソビエトユニオン―

 クレムリンから見下ろすモスクワの街は、氷の中の深い眠りにつくがごとく、ひっそりと静まり返っていた。しかし、ソビエト連邦書記長スパムイヨは休息を知らず、書記長室からは暖かい光が漏れ出でていた。

「失礼いたします、スパムイヨ同志、緊急事態です」

 静寂を破り、国家トラックバック局長官ネンチャコフが息せき切って書記長室に駆け込んできた。

「どうしたのだネンチャコフ同志、落ち着きなさい」
「落ち着いてなどいられるものですか、書記長。いま入った情報ですが、わが国の秘密警察がクーデターを起こし、関連仲間至上主義を唱えて同志を糾合し、ホワイトハウス公式ブログ「大統領はお元気?」に対し、同時多発的に2450万発のトラックバックを打ち込みました」

 スパムイヨ書記長は驚倒した。

「なんだと!?それで、ホワイトハウス公式ブログはどうなっている?」
「はい、すでにサーバーがダウンし、閲覧不可能な状況が続いています」
「いかん、すぐにホワイトハウスにホットラインをつなげ。また秘密警察のクーデターを徹底的に鎮圧せよ」



■PART2 合衆国の正義

―同時刻 ホワイトハウス・ワシントンDC アメリカ合衆国―

 ホワイトハウスは震撼した。グリーンスパム大統領はホワイトハウス公式ブログ「大統領はお元気?」がホワイトアウトした直後に緊急会議を開催した。

「今未明、ソビエトの同時多発的無差別トラックバック2450万発によって、わが国の公式ブログは完全に沈黙した。この暴挙を許してはおけない。諸君はどう思うかね」

 スパムウェル国務長官が答えた。
「直ちにわが国も関連仲間と称してトラックバックを大量送信し、クレムリン公式ブログ「赤の広場で働く書記長の日記」を完膚なきまでに叩き潰すべきです。国民も喜んでトラックバックを連発してくれるでしょう」

 そのとき、クレムリンからのホットラインが大統領にもたらされた。

「我が同志、グリーンスパム大統領、私だ、スパムイヨだ。今回のことは私としても非常に残念に思う。我々はすでにテロリストたちの鎮圧に成功しつつある。同志グリーンスパムには行動を自重し、今後の対処は私たちに任せてもらえないだろうか?」

「親愛なるスパムイヨ。我々はこのテロリズムを許すわけには行かない。仮に私が許してもアメリカの正義が許さぬのだ。これ以上話すことはない」

 グリーンスパムは電話を置くと、即座に命令した。
「関連仲間トラックバック大量送信用意。この話題を意図的にマスコミにリークし、民間からも大量のトラックバックが打ち込まれるように情報を操作せよ」



■PART3 スパムイヨの決断

 受話器を置きながら、スパムイヨは深くうなだれた。
「同志ネンチャコフ、グリーンスパムは報復としてわが国に同時多発的大量トラックバックを送るつもりのようだ」

「書記長、それでは……」

「うむ。我々に残された手段は一つしかない。向こうがトラックバックを打ってくる前に、東側のブログを結集して大量トラックバックを打つしかない」



■PART4 ジャンク・ライアンの憂鬱

 ジャンク・ライアンは急いでいた。なんとかしてホワイトハウスの報復を止めなければならない。ライアンは会議解散後に、大統領に面会を求めた。

「大統領、ジャンク・ライアン氏が面会を求めていますが」
「なに、ライアンが?すぐ通しなさい」

 ライアンは早速大統領に詰め寄った。
「大統領、私はスパムイヨを個人的に知っています。彼は今回のような無差別トラックバックを打つような人物ではありません。しかし先ほどの大統領の言葉を受けて、彼は先制トラックバックを打つ決意を固めたでしょう。もしそうなったら、世界がどうなるかお分かりですか?」

「君はなにを言っているんだ?相互確証破壊が破られたのだ。我々が先に同時多発的大量トラックバックを送信するしかないではないか」

「違います、大統領。私にチャンスをください。必ず、スパムイヨを説得して見せます。私には確信があります。お願いします」

「わかった。3分だけ時間をやろう。ホットラインをクレムリンにつないでくれ」



■PART5 スパムの総和

 頼む、スパムイヨ、話を聞いてくれ。ジャンク・ライアンは祈る気持ちで受話器を握り締めた。やがてホットラインがつながった。

「こちらはスパムイヨだ」
「お久しぶりです、同志スパムイヨ。ジャンク・ライアンです。今回は両国とも非常な不幸を体験しました。そのことについてお話したいのです」

「ライアン、もう話すことなどないのだよ。私も世界の半分を背負う身だ。私の決断を後世の人民たちも評価してくれることだろう」

「スパムイヨ、私たちのしようとしていることは危険すぎる。考えても見てくれ、あなたが東側のブログを結集して無差別関連トラックバックを打ったとしよう、それで例えわが国を沈黙させることができたとしても、他の西側諸国が無差別関連トラックバックを貴国に打ち込んでくる。そうやってスパムの総和が抑えきれないほど膨れ上がったとき、私たちは取り返しのつかない破滅への道を歩むことだろう。私たちはすでに人類を数十回滅ぼせるスパムを手にしてしまったのだ。……どうか分かって欲しいスパムイヨ、わが国は2450万発のトラックバックを受けた。十分に痛手を受けたのだ。その上で、貴国にトラックバック準備の中止を求める。このまま世界に2億4500万発、いや245億発のトラックバックがばら撒かれたら、世界が滅びる。お願いだ、このままではスパムの総和が……」

 電話が切られた。大統領がゆっくりとライアンに話しかけた。
「タイムアップだ。我々はこれ以上待つことができん。今から無差別関連トラックバックをクレムリンに向けて発信する」

 そのとき、スパムウェル国務長官が駆け込んできた。
「大統領、ソビエトのブログからのトラフィックが急激に減少し、平常値に戻りつつあります!」
「なんだと、これはどうしたことだ?」

 再びホットラインがつなげられた。
「大統領、クレムリンからです」
 グリーンスパムは受話器を握り締めた。
「グリーンスパムだ。貴国からのトラフィックが減少して平常値に戻りつつある。これはどういうことかね?」

「同志グリーンスパム。わが国は先制トラックバックの脅威にさらされる危険を冒しても、スパムの総和から世界を救うことを選んだのだ。同志よ、我々の苦渋の決断をなんとかして分かって欲しい。そして貴国にもスパムの総和を食い止める勇気を期待する」

「……貴国の誠意はよくわかった。我々も無差別関連トラックバック準備を中止しよう。今回の不幸な事件を乗り越え、両国が更なる繁栄を享受することを切に願う」

 危機は回避された。人類は自らを滅ぼして余りあるスパムの誘惑に対し、「送信しない勇気」でもって偉大なる勝利を手にしたのだ。しかし忘れてはならない。この偉大なる勝利は同時に小さな一歩に過ぎない。我々は自らがスパムの総和への道を歩まぬよう、送信しない勇気を持ち続けなければならない。



■エンディングテーマ

月曜日は検索かけて トラックバックを10発打った
トゥリャトゥリャトゥリャ トゥリャトゥリャトゥリャリャ
トゥリャトゥリャトゥリャトゥーリャーリャー ヘイ!

火曜日は検索かけて トラックバックを100発打った
トゥリャトゥリャトゥリャ トゥリャトゥリャトゥリャリャ
トゥリャトゥリャトゥリャトゥーリャーリャー ヘイ!

水曜日は検索かけて トラックバックを1000発打った
トゥリャトゥリャトゥリャ トゥリャトゥリャトゥリャリャ
トゥリャトゥリャトゥリャトゥーリャーリャー ヘイ!

木曜日は検索かけて トラックバックを10000発打った
トゥリャトゥリャトゥリャ トゥリャトゥリャトゥリャリャ
トゥリャトゥリャトゥリャトゥーリャーリャー ヘイ!

金曜日は検索かけて トラックバックを100000発打った
トゥリャトゥリャトゥリャ トゥリャトゥリャトゥリャリャ
トゥリャトゥリャトゥリャトゥーリャーリャー ヘイ!

土曜日は検索かけて トラックバックを1000000発打った
トゥリャトゥリャトゥリャ トゥリャトゥリャトゥリャリャ
トゥリャトゥリャトゥリャトゥーリャーリャー ヘイ!

日曜日にブログ開いたら トラックバックが10000000発来てた
アカウントは即座に停止 ブログも丸ごと削除され
友達よ聞いてくれこれが 私の一週間なのです
トゥリャトゥリャトゥリャ トゥリャトゥリャトゥリャリャ
トゥリャトゥリャトゥリャトゥーリャーリャー ヘイ!



―完―
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2005年11月09日

視点論点 無断リンクを元に連想ゲームをやってみる

■最近無断リンクなる言葉が流行っているので、せっかくなので連想ゲームで遊んでみようと思いました。

連想ゲームスタート

無断リンク

モダンリンク

ポストモダンリンク

連想ゲーム終了


モダンリンクっていう響きが好きです。
何か20世紀の芸術運動みたいなところが好きです。
ついでに言葉の定義もしようと思います。


■用語集
[無断リンク]
リンクした際にリンク先に報告を入れないとつけられてしまうかも知れない否定的名称。
「無断リンク禁止」という表現をされる場合が多い。


[モダンリンク]
伝統的な20世紀的リンクの旧弊を打破すべく生まれた運動。リンクの過度の装飾を否定し、合理的でシンプルなリンクを目指した。また断片的、機能的な表現でリンクをした。内面性の重視、感情の尊重を軸とする20世紀的なリンクを否定し「絶対にモダンでなければならぬ」と主張した。


[ポストモダンリンク]
モダンリンクの反動から生まれた運動。モダンリンクはすでに古くなってしまったと主張する。モダンリンクの硬直化した合理性に対するアンチテーゼ以外には際立った特徴は無く、新しいものの寄せ集めのような様相を呈する。気分によってweb2.0を標榜する場合もある。


………

……




十分に遊んだ気持ちになりました。満足しました。みなさんありがとうございます。
ソレデハミナサン、アテブレーヴェ、オブリガート。
posted by ちんこ寺 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想 b_entry.gif

2005年10月11日

芸術と歴史の時間 絵画「ブロガーの死」

■Chapter1 作品全景
Marat01.JPG


■Chapter2 作品解説
これは、あるブロガーの死を描いた新古典主義の作品です。心無い発言によるブロガーの殺害(閉鎖)をテーマにした絵画です。ブロガーの殺害は、絵画のテーマとなったほど衝撃的な事件でした。なぜ衝撃的だったのでしょうか。本講義では、「ブロガーの死」の細部の描写を観察することを通じて、ブログにおける記事、とくに最盛期におけるブロガーとコメンターの役割の問題について考えていきたいと思います。また、その作業を通じて、ブログ学を専門に研究するために必要な概念、方法、考え方に触れられる機会を提供することも目指しています。

主要参考文献
マラーの暗殺の小部屋
マラー
Wikipedia ジャック・ルイ・ダヴィッド


■Chapter3 細部の鑑賞
marat07.JPG
この穏やかな顔をご覧ください。この顔には、面倒なコメント対応、なんとなく更新しなくちゃという義務感、訪問者履歴をたどって自分の悪口を探しにいきたくなる衝動、これら面倒なものからの開放感に満ち溢れています。

marat03.JPG
手には旧時代的な羽ペンが添えられています。これは、ブログを持てば一廉のジャーナリストであるという錯覚、何事にも一家言持たねばならないという使命感等、当時流行した奇妙な風習をあらわしています。

Marat01.JPG
ブロガーを刺したと思われるナイフです。これは、このブロガーの直接の死因がナイフのように鋭い攻撃的なコメントであったことを暗示しています。

marat05.JPG
ソーシャルブックマークです。刺殺される直前まで、ブロガーが自分への言及をクリップしていたことをあらわします。内容はこう書かれています。
「この異様な狂信者は我々自身に一種の嫌悪と茫然自失の驚愕を鼓吹した。わたしがはてなの頂点で暴力的に初めて活動するようになった時、彼は身を潜めている昆虫のように、なんとなく好奇心をそそったのである。彼のだらしのない文章、真っ白な内容、獰猛なコメントは、魂を縮み上がらせるほどのものすごさを持っていた。わたしと同じように彼と仲間になっていたわたしの全てのお気に入りたちも、わたしと同じ印象を持っていた」

marat04.JPG
書きかけの記事です。みんなのプロフィールを弾劾する記事を書いていたようです。


■Chapter4 総括
今回の講義では、絵画「ブロガーの死」について細部を鑑賞していくことで、当時のブログ階級の意識と、その意識ゆえの悲しみが一枚の絵画に凝縮されていることを学びました。
それでは、もうそろそろ時間となりますので、生徒は各自リアクションペーパーをコメント欄に提出して終了してください。リアクションペーパーで出欠を取りますのでご注意ください。なお、来週の講義は休講です。以上。
posted by ちんこ寺 at 00:34 | Comment(5) | TrackBack(0) | 妄想 b_entry.gif

2005年08月11日

視点論点 「鬼に金棒」の新しい表現を模索する

みなさんこんばんは。
今回の視点論点では、連想ゲーム方式を使って、ことわざ「鬼に金棒」の新しい表現を模索していこうと思います。
早速はじめてみましょう。


鬼に金棒

ペリーに黒船

力石に水

シャアにジオング

ゴルゴにアーマーライト

飛馬にギブス

ピッコロさんに重いターバン

ケンシロウに服

ホアキン・フェニックスに木製バット※

バーホーベンに予算

ハトにジョン・ウー

ハトとジョン・ウーと私

部屋とワイシャツと私

部屋とジョン・ウーと私



……

………

部屋で何が起こったんじゃろか?









※…映画「サイン」より 宇宙人撲殺用木製バット
posted by ちんこ寺 at 00:14 | Comment(3) | TrackBack(0) | 妄想 b_entry.gif

2005年08月09日

【妄想】グー○ィーの謎をマンアフターマンっぽく解明してみる

私が勝手にお気に入りに入れているブログ「不倒城」というところの記事で、ディズニーランドの記事があったんです。そこのコメント欄の書き込みに、「なんでグー○ィーは亜人種化して直立歩行しているのにプ○ートは犬のままなの?」っていうのがあったんです。

ものすごく気になりました。

それで調べてみたんですけど、プ○ートがグー○ィーのペットとして出演したことがある(Wikipediaより)という情報を得ただけで、謎がぜんぜん解けないんです。

そこで、よく分からないものには自分なりに理由付けをしてしまおうという発想の下にグー○ィー誕生の謎を考察し、一つの結論に達しました。


結論:グー○ィーはイヌ(Canis lupus familiaris)ではなくイヌ的特性を付与された人類(Homo canis lupus familiaris)である。

多分あれは犬ではなく人工的にイヌ化された亜人種なんです。だからもともと犬のプ○ートとは根本的に違うんです。
以下マンアフターマンっぽく(アフターマンワールド参照)グー○ィーの謎についての脳内妄想を解説していきます。


グー○ィー誕生物語

1 1929年 ディッピー・ドーグと世界大恐慌
ディッピー・ドーグは目の前の書類に目を落とした。この大不況の中、遺伝子提供だけで100ドルももらえる仕事などめったにあるものではない。この書類にサインしさえすれば、それが手に入るのだ、何をためらうことがある。この資金があれば、またどこかの大学で研究させてもらえるかもしれない。
「あなたの人並みはずれた嗅覚と聴覚が必要なんです」
「ぜひご協力いただきたい」
ディッピーはペンを執り、書類にサインした。


2 1932年 ディッピー・ドーグ・ジュニアとミッ○ー一座
ジュニアは震えていた。寒さで震えていたのではない。スタジオで彼と一緒に待機しているミッ○ー一座の見慣れない姿に不安を抱いているのだ。ミッ○ー一座は、ジュニアの良く知るファミリーとはまったく違った顔かたちをしていた。彼らはファミリーと同じように直立歩行する2本の足に2本の腕、脊椎に垂直についた頭部など、ファミリーと似た外見を持っているが、ファミリーの誰とも似ていないのだ。
ジュニアは「他の一座のヒト」と同じく、父の顔を知らない。父が存命で大学の研究職についていることも、自分の姿かたちが父とあまりに異なっていることも知らないが、知ったところで何も考えなかったに違いない。ファミリーたちは亜人たちの反乱を恐れ、彼らの知性を低くなるように遺伝子組み換えをしていたのだ。
気がつくと、一座の中の一人が、耳に残る甲高い声で話しかけてきた。頭部が不釣合いに大きく、まん丸の耳に、まるでねずみのような鼻をしている。
「やあ、ぼくミッ○ー、よろしくね」


3 1939年 グー○ィー1世の活動写真
ファミリーが喜んでいる。そのことだけでグー○ィーの心は満たされた。最近公開されたグー○ィーの活動写真は好調で、続編も企画されているという。グー○ィーに難しいことは分からない。彼の祖父と違って、彼自身は知能を低く抑えられているからだ。しかし、自分が群れに貢献していることは、彼の心を強く高ぶらせた。
ファミリーたちはグー○ィーに、群れへの絶対的な服従を望んだし、グーフィー自身も、群れへの服従と貢献に、強い満足感を感じていた。


4 1960年 グー○ィー2世と「弾む家」
足音が近づいてくると、年老いたグー○ィー2世は自身のアイデアを詰め込んだメモ帳をとっさに隠した。グー○ィー2世は彼の父や祖父とはだいぶ違った特性を持っていた。彼の知性は父親よりもむしろ曽祖父やファミリーのものと似ており、堅固な自我を形成していた。また、寿命も長く、父や祖父が10年程度しか生きなかったのに対し、彼は20年以上を生きながらえている。先祖がえりとして知られる現象が、彼の身に起こっていることは彼自身、十分自覚していた。しかし、彼はそのことをファミリーに隠し続けた。ファミリーが猜疑心を起こしてはまずいからだ。
足音が彼の檻の前で止まった。
「グー○ィー、何を隠したんだ、見せてみろ」
抵抗しても無駄だった。メモ帳を見るなり、ファミリーの顔色が変わった。
やがて、グー○ィー2世は拘束衣を着せられて、どこかに連れて行かれた。戻ったときには、彼はもう考えることを止めていたし、またその能力も取り除かれていた。
彼のメモ帳には「弾む家」をはじめとするアトラクションの原案や、著作権法が子孫に及ぼす影響への不安などが書かれていた。
このメモ帳は後に再発見され、各種アトラクションのモデルとなったり、ミッ○ーマウス保護法として実現したりした。


5 2005年 グー○ィー8世と夢の楽園
8月の日差しはグー○ィー8世に容赦なく照りつけていた。数百メートル離れたところから声が聞こえてくる。
「どうしてグー○ィーだけ二足歩行してプルートはイヌのままなんだ?」
夢の楽園で働き始めてから何回も聞き続けてきた言葉だ。しかしグー○ィー8世にとってそんなことはまったく気にならなかった。たとえ気に留めたとしても、その内容を理解できなかったに違いない。
彼はファミリーのため、群れに対する忠誠のため、風船を配り、ショーで踊り続ける。彼の子も、そのまた子供もそうするに違いないし、そうするのが当たり前だからだ。
posted by ちんこ寺 at 23:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想 b_entry.gif

2005年07月31日

スパマーからの抗議文

抗議文


拝啓 陳居士様

あなたの7月30日の記事「自由研究 スパマーの観察」の文面に対して抗議します。

7月30日の記事にスパマーが同性同士で性交渉するとありますが、それは事実無根なので、その内容に抗議します。あなたは全てのスパマーの性的嗜好を断定的に記述していますが、それはまちがいであり、実際のスパマーにおける同性間の性交渉は全体の5%にすぎません。残りのスパマーのうち、65%は糞尿愛好家であり、20%は野良の犬猫と交尾、10%はネクロフィリアです。

また、私の友人の一人はスパマーであると同時に女装愛好家ですが、彼は夜な夜なセーラー服のコスチュームを着て女性専用車両に乗っていかがわしいまねをする始末。ニセセーラームーンにはもう勘弁なりません。

ともあれ、私は郵政民営化に断固反対します。全ての国民の郵便物が私物化される以上、安心して眠ることもできませんし、みんなもそう思っているに違いありません。つい先日も民間の運輸会社に頼んで、うちで採れた野菜を送ろうとしたところ、送り先にぜんぜん届かず、カスタマーサポートに電話してもぜんぜんつながらないし、つながっても感じの悪い中年男性の声で心のこもっていない謝罪を一つ貰っただけです。あの中年男性の息は絶対臭いと思います。

最後に、お仕事お忙しいかと思いますが、お体に気をつけて、これからもがんばってください。

匿名希望より
posted by ちんこ寺 at 21:17 | Comment(0) | TrackBack(1) | 妄想 b_entry.gif

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